2019年2月3日(日)聖日礼拝 「救いを待ち望む」

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2019年2月3日(日)聖日礼拝 「救いを待ち望む」

21:25 また日と月と星とに、しるしが現れるであろう。そして、地上では、諸国民が悩み、海と大波とのとどろきにおじ惑い、
21:26 人々は世界に起ろうとする事を思い、恐怖と不安で気絶するであろう。もろもろの天体が揺り動かされるからである。
21:27 そのとき、大いなる力と栄光とをもって、人の子が雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。
21:28 これらの事が起りはじめたら、身を起し頭をもたげなさい。あなたがたの救が近づいているのだから」。
ルカによる福音書 21章25~28節

イエスの十字架を間近に控えた21章では、“終わりの日”に関する説教が続いています。今日は、
(1)〝世の終わり″とは、「万物を新しくする、更新する」神の御手の業である。
(2)にもかかわらず聖書に聞こうとしない人々の間には想像を絶する恐れと混乱がある。
(3)キリスト者は動揺せず忍び通すことで、主イエスの再臨を喜びを持って迎えられる。
このことを御言葉に聞きましょう。


1.神の御手の業
(1)天地万物を保たれる
聖書は創世記のはじめから、神についてこう記しています。
・神は、混沌とした状態から、秩序ある天地万物を創造され、維持しておられる。
・その神は、人間の営みを国という秩序の中で営むようにと導かれた。
(2)神の御手の業を指し示す表現
ところが今日の聖書箇所は、かなり様子が違います。
 21:25-26 また日と月と星とに、しるしが現れるであろう。そして、地上では、諸国民が悩み、海と大波とのとどろきにおじ惑い、/人々は世界に起ろうとする事を思い、恐怖と不安で気絶するであろう。もろもろの天体が揺り動かされるからである。
ここでは、旧約聖書で語られた三つの詩的表現で激変が予告されています。
①「日と月と星とに、しるし」(25)
この表現は、神がバビロンを滅ぼすと詩的表現を用いて預言された時に使われました。
イザヤ13:9-11 見よ、主の日が来る。残忍で、憤りと激しい怒りとをもってこの地を荒し、その中から罪びとを断ち滅ぼすために来る。/天の星とその星座とはその光を放たず、太陽は出ても暗く、月はその光を輝かさない。/わたしはその悪のために世を罰し、その不義のために悪い者を罰し、高ぶる者の誇をとどめ、あらぶる者の高慢を低くする。
この御言葉の通り、神は強大なバビロンを裁いて終りを来たらせました。これと同様に、神はあらゆる国々の悪を他の国々を用いて裁かれます。
②「海と大波とのとどろき」(25)
詩篇 65:6-7 あなたは大能を帯び、そのみ力によって、もろもろの山を堅く立たせられる。/あなたは海の響き、大波の響き、もろもろの民の騒ぎを静められる。
この詩篇では、神の大いなる力が誉め称えられています。
・神は、御力をもって山々を据え、大海のどよめきや波のどよめきを鎮められる。
・神は世界の隅々まで支配し、諸国の民の騒動を鎮め秩序を保たれる。
③「もろもろの天体が揺り動かされる」(26)
イザヤ34:4 天の万象は衰え、もろもろの天は巻物のように巻かれ、その万象はぶどうの木から葉の落ちるように、いちじくの木から葉の落ちるように落ちる。
「天体が揺り動かされる」とは、神の御手の業は滅びる者と永遠の救いの恵みに入れられる者とをふるい分けることの詩的表現です。
このように、「日と月と星とに、しるし」「海と大波とのとどろき」「天体が揺り動かされる」、どれも神の御手が力強く働くことの詩的表現です。ですから、世の終わりの接近は、天体観測や自然観察では見抜けず、御言葉に聞く信仰によって悟るしかありません。


2.神の御手が激しく動く
25-26節に戻ります。これまでの話しでご理解いただけたと思いますが、天地万物の秩序を保持する神の御手が新たに力強く働く時が来たことをイエスは、教えているのです。ヘブル人への手紙にこう書かれています。
ヘブル12:26 あの時には、御声が地を震わせた。しかし今は、約束して言われた、「わたしはもう一度、地ばかりでなく天をも震わそう」。
「あの時」とは、出エジプト19章以下に記さた出来事です。神がモーセに十戒を授けた時、神がシナイ全山を鳴動させ,民を震撼させた出来事です。
そして「わたしはもう一度、地ばかりでなく天をも震わす」とは、今日の聖書箇所に記されたイエスの言葉の要約でもあります。そして、
ヘブル12:27 この「もう一度」という言葉は、震われないものが残るために、震われるものが、造られたものとして取り除かれることを示している。
神は、滅びる者と永遠の救いの恵みに入れられる者とをふるい分けるのです。

更に、ふるい分けについて使徒行伝に次のように記されています。
使徒3:21 このイエスは、神が聖なる預言者たちの口をとおして、昔から預言しておられた万物更新の時まで、天にとどめておかれねばならなかった。
ふるい分けの究極の目的は“万物更新”です。この「万物更新」という言葉は、「天地創造時の『はなはだ良かった』(創世記1:31)本来の状態を回復して救いを完成する」との意味があります。ですから“世の終わり”と言っても、何もかも終わってしまうのではなくて、「万物を新しくする、更新する」事だと、聖書は教えています。
(3)「雲に乗って」
その完成の時、主イエスが天から再び来られるありさまが27節に記されてます。
21:27 そのとき、大いなる力と栄光とをもって、人の子が雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。
このことを、イエスの昇天時に御使いが弟子たちに約束してます。
使徒1:11…あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになるであろう」。
ところで、「雲に乗って来る」と聞くと、『西遊記』に登場する孫悟空が乗る「きんとんうん」を連想するのは私だけでしょうか。でも全然違います。この「雲」は聖書に何度も登場します。
ダニエル7:13 わたしはまた夜の幻のうちに見ていると、見よ、人の子のような者が、天の雲に乗ってきて、日の老いたる者のもとに来ると、その前に導かれた
また、マタイ17章の変貌の丘の出来事では、雲がイエスの御姿を包んで見えなくしたとあります。
使徒行伝一章では、イエス様が天に昇って行かる時「雲に迎えられて、その姿が見えなくなった」ともあります。
この「雲」とは、目に見える神のご臨在を現す表現です。


3.全く異なる「神の御手の業」の受け止められ方
ところで、25-26節に記された「神の御手の業」の受け止め方は、キリスト者と世の人々では大きく異なります。
(1)世の人々
 21:25-26a また日と月と星とに、しるしが現れるであろう。そして、地上では、諸国民が悩み、海と大波とのとどろきにおじ惑い、/人々は世界に起ろうとする事を思い、恐怖と不安で気絶するであろう。…
世の人々は神の御業を理解出来ないので、「諸国の民は、なすすべを知らず、不安に陥る。人々は、この世界に何が起こるのかとおびえ、恐ろしさのあまり気を失う」のです。
ここに、天地を創造し統べ治めてこられた真の神を信じない人々、そしてその神がやがて万物を新しくされるという未来を信じない人たちの姿が描かれています。「何が起こるか」を「知らない」人は「不安」と「おびえ」と「恐れ」に陥る、これはむしろ当然です。
ですからキリスト者は、エルサレム滅亡直前の混乱とその結末を思い返して、人々の動揺・混乱に巻き込まれてはなりません。
(2)キリスト者
しかし、その時キリスト者は、
 21:28 これらの事が起りはじめたら、身を起し頭をもたげなさい。あなたがたの救が近づいているのだから」。
神の御手が動いているのだから、近づく救いを待ち望むのです。
人々が怖れる肉体の死の時に、キリスト者は希望を抱くことができるのと同じく、世の終わり、人々が恐怖と不安に気絶する時にも、キリスト者は希望に胸を張り、頭をもたげることができるのです。


4.救いを待ち望む
「これらの事が起りはじめたら」とありますが、イエスが予告された神の御手の業はもう始まっているのですから「身を起し頭をもたげなさい」です。
「身を起し頭をもたげなさい」との言葉ですが、先ほどの交読文7、詩篇24篇にもありました。この詩篇は、神の栄光の箱がエルサレム神殿に運び込まれる時(サムエル記下5‐6章、歴代誌上15章)の、神殿の大きな門が「身を起こし、頭を上げよ」との歓呼の叫びです。
詩篇24:7-10 門よ、こうべをあげよ。とこしえの戸よ、あがれ。栄光の王がはいられる。/栄光の王とはだれか。強く勇ましい主、戦いに勇ましい主である。/門よ、こうべをあげよ。とこしえの戸よ、あがれ。栄光の王がはいられる。/この栄光の王とはだれか。万軍の主、これこそ栄光の王である。
私たちも、いつ主が来られても良いように、目を覚まして身を正し、「身を起こし」「頭を上げ」て救いを待ち望んでいましょう。

 

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