2019年3月17日(日)聖日礼拝 「いちばん偉い者」

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2019年3月17日(日)聖日礼拝 「いちばん偉い者」

22:21 しかし、そこに、わたしを裏切る者が、わたしと一緒に食卓に手を置いている。
22:22 人の子は定められたとおりに、去って行く。しかし人の子を裏切るその人は、わざわいである」。
22:23 弟子たちは、自分たちのうちだれが、そんな事をしようとしているのだろうと、互に論じはじめた。
22:24 それから、自分たちの中でだれがいちばん偉いだろうかと言って、争論が彼らの間に、起った。
22:25 そこでイエスが言われた、「異邦の王たちはその民の上に君臨し、また、権力をふるっている者たちは恩人と呼ばれる。
22:26 しかし、あなたがたは、そうであってはならない。かえって、あなたがたの中でいちばん偉い人はいちばん若い者のように、指導する人は仕える者のようになるべきである。
22:27 食卓につく人と給仕する者と、どちらが偉いのか。食卓につく人の方ではないか。しかし、わたしはあなたがたの中で、給仕をする者のようにしている。
22:28 あなたがたは、わたしの試錬のあいだ、わたしと一緒に最後まで忍んでくれた人たちである。
22:29 それで、わたしの父が国の支配をわたしにゆだねてくださったように、わたしもそれをあなたがたにゆだね、
22:30 わたしの国で食卓について飲み食いをさせ、また位に座してイスラエルの十二の部族をさばかせるであろう。
ルカによる福音書 22章21~30節

導入
先週はイエスが聖餐式を制定された出来事でした。過越の食事が出エジプトという過去によって十字架という将来を指し示していたように、主イエス・キリストの死を記念する聖餐式は、十字架という過去によってやがて到来する神の国での食事という、文字通りの救いの完成を指し示しています。そのことを先週お話ししました。
その席上、イエスはイスカリオテのユダの裏切りを警告されました。
  22:21 しかし、そこに、わたしを裏切る者が、わたしと一緒に食卓に手を置いている。
  22:22 人の子は定められたとおりに、去って行く。しかし人の子を裏切るその人は、わざわいである」。
すると弟子たちは、切迫した主イエスの御受難の死の予告を理解出来なかったばかりか、他人事のように、
  22:23 弟子たちは、自分たちのうちだれが、そんな事をしようとしているのだろうと、互に論じはじめた。
のです。

1.弟子たちの赤裸々な姿
さらに続いて、呆れかえる議論が始まりました。
  22:24 それから、自分たちの中でだれがいちばん偉いだろうかと言って、争論が彼らの間に、起った。
同様の論争は、エルサレムへの旅以前にもありました。
  ルカ9:46-48 さて、弟子たちの間で、だれが一番偉いかという議論が持ち上がった。/しかし、イエスは彼らの心にある考えを知り、一人の子どもの手を取って、自分のそばに立たせ、/彼らに言われた。「だれでも、このような子どもを、わたしの名のゆえに受け入れる人は、わたしを受け入れるのです。また、だれでもわたしを受け入れる人は、わたしを遣わされた方を受け入れるのです。あなたがた皆の中で一番小さい者が、一番偉いのです。」
ずっとイエスと一緒にいながら、エルサレムへの旅を終え十字架を目前にしたこの時迄、弟子たちは互いに比べ合って偉さを競い合っていたのです。神の国の到来を宣べ伝えるイエスと寝食を共にしながらも、やがて来たる神の国に於ける“偉さ”の基準は、この世に於ける“偉さ”の基準と全く異なることが全然判っていなかったのです。弟子たちの理解力の貧しさとともに、その背後にサタンの誘惑を感じます。今日の御言葉に聞くことは、私たち自身を吟味する良い機会です。


2.主イエスのメッセージ
(1)25節 この世はこうだ
   22:25 そこでイエスが言われた、「異邦の王たちはその民の上に君臨し、また、権力をふるっている者たちは恩人と呼ばれる。
人の上に立つことを喜び、人から“恩人”と称される異邦の王たちが引き合いにされてます。“恩人”とは、当時の異教の神々や王を尊び敬う気持を表す尊称です。例えば紀元前二世紀頃のエジプト王プトレマイオス七世は「恩人プトレマイオス」と自称し、陰で人々は「悪人プトレマイオス」と呼んだとの記録が残っているそうです。賞賛の裏には批判と妬みがあるのが世の常です。まことの神を知らない人々にとっては、他人の評価が大きな拠り所で心の慰めです。しかし、人の賞賛を得ることと、自分が愛されることとは別物です。
(2)26-27節 「神の国に生きる者」は、「救いの御業」に仕えなさい
弟子たちの言い合いを聞いていたイエスは、強い口調で教えられました。
   22:26 しかし、あなたがたは、そうであってはならない。かえって、あなたがたの中でいちばん偉い人はいちばん若い者のように、指導する人は仕える者のようになるべきである。
「いちばん偉い」「いちばん若い」と訳された言葉の原語は比較級です。この世は比較相対の世界だということです。しかしイエスはそうした価値観をキッパリ否定し、「仕える」ことを教えられました。
社会では、より上の地位・待遇を目指すことでモチベーションは上がります。そこからなにがしの軋轢が生じることは避けられないでしょう。しかし神の国では全く異なります。他人より自分を優位に置きたいという思いは、神の国には相応しく無いと明言されています。
(3)イエスの模範
   22:27 食卓につく人と給仕する者と、どちらが偉いのか。食卓につく人の方ではないか。しかし、わたしはあなたがたの中で、給仕をする者のようにしている。
イエスが十字架に掛かられることは弟子たちには理解出来ないことでした。同様に、仕える人が偉いということも彼らの理解を遙かに超えており、現代人も理解困難でしょう。それは無理からぬ事です。なぜなかば、私たちは過去の人類の歴史と今の世の中しか見ていないからです。やがて来る神の国を誰一人として見ていません。ですから神の国での価値観をすんなり理解出来るはずは無く、ただイエスから学ぶしかありません。
イエスはそのような模範として最後の晩餐でご自身を指し示し、下僕の役割を引き受けられたことが、ヨハネ13章に記されています。
  ヨハネ13:4-5 夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいをとって腰に巻き、/それから水をたらいに入れて、弟子たちの足を洗い、腰に巻いた手ぬぐいでふき始められた。
そしてイエスが弟子たちの足を洗って言われました。
  ヨハネ13:13-15 あなたがたはわたしを教師、また主と呼んでいる。そう言うのは正しい。わたしはそのとおりである。/しかし、主であり、また教師であるわたしが、あなたがたの足を洗ったからには、あなたがたもまた、互に足を洗い合うべきである。/わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしは手本を示したのだ。
実はこの時イエスは、弟子たちの足を洗う模範を示されただけではありませんでした。私たちを死と滅びから救い出す為に十字架に掛かるお膳立てを整えることで、イエスは現実に仕えておられました。この時弟子たちそのことを知る由も無かったですが。
(4)「仕える」人が「いちばん偉い者」
このことがよく分かる聖句があります。
  Ⅰヨハネ3:16 主は、わたしたちのためにいのちを捨てて下さった。それによって、わたしたちは愛ということを知った。それゆえに、わたしたちもまた、兄弟のためにいのちを捨てるべきである。
この聖句の前半に感動する方々も、しばしばその後半の言葉「わたしたちもまた…いのちを捨てるべきである」に躓きます。「いのちを捨てる」をただ「死ぬこと」と受け取ってしまうからです。この言葉の意味は、人(聖書的には人の救い)に仕えるために自分の命を用いることです。神の国では、その様な人が「いちばん偉い者」です。


3.イエスの褒め言葉
イエスは弟子たちを強く戒める一方で、この世に於ける「偉さ」以上の誉れを約束し、弟子たちに、また私たちキリスト者に、モチベーションを与えて下さいました。
  22:28 あなたがたは、わたしの試錬のあいだ、わたしと一緒に最後まで忍んでくれた人たちである。
(1)忍耐により、どれほどの賞賛を神から受けられるか
先ほどとはがらっと変わったイエスの御言葉です。ここで「試錬」と訳された言葉は、イエスが荒野でサタンの誘惑を受けられた時の「試み」と同じ言葉です。イエスとその一行はそれを体験しました。イエスのもとには多くの人々がやってきましたが、最後までとどまった弟子は少なかったのです。人々は、奇跡を行うイエスにはついていこうとしましたが、十字架の道を歩もうとするイエスをみると、
  ヨハネ6:66-69 それ以来、多くの弟子たちは去っていって、もはやイエスと行動を共にしなかった。/ そこでイエスは十二弟子に言われた、「あなたがたも去ろうとするのか」。/シモン・ペテロが答えた、「主よ、わたしたちは、だれのところに行きましょう。永遠の命の言をもっているのはあなたです。/わたしたちは、あなたが神の聖者であることを信じ、また知っています」。
イエスは最後までとどまり続けた弟子を「一緒に最後まで忍んでくれた」と評価されたのです。
(2)神は報いる
人間は、良い評価も報いも無しにただ人生を耐え忍のは困難です。ですからイエスは弟子たちをどのように評価し、どのような報いを用意しておられるかを明らかにしました。
   22:29 それで、わたしの父が国の支配をわたしにゆだねてくださったように、わたしもそれをあなたがたにゆだね、
   22:30 わたしの国で食卓について飲み食いをさせ、また位に座してイスラエルの十二の部族をさばかせるであろう。
ずっと忠実にイエスについて来た「あなたがた」に「わたし」はこういうお礼をしたい、そういうことです。キリスト者は、主イエスの恵み深い評価と報いの約束に慰めを見出せます。むなしい世的評価にしがみつき、劣等感、妬み、世間体への恐れなどにふりまわされる生き方から解放されます。イエスは、私たちの目を永遠の御国に向けさせ、この世で偉さを競ったりせず、むしろキリストにあって人に仕えてはどうか、と励ましておられます。


4.結び
御言葉は、しばしば聞く者に行動を起こすことを促します。御言葉は、私たちキリスト者に、神の意志に従って、具体的な行動を起こすことを求めています。特に現代は教会の多くで高齢化が進み、教会を離れている人も多くおられます。冷淡なくらいの個人主義が蔓延し多くの人々が孤立しています。あなたは何をもって「仕える」ことが出来るか。主イエスは素晴らしい報いの約束をもって実行を期待しておられます。

【今日の讃美歌】
6番/聖歌521番「きりすとにはかえられません」/338番
【今日の信仰告白】
交読文39 イザヤ書53章   

 

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2018年12月23日(日)聖日礼拝 「きよしこの夜」

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2019年12月16日(日)聖日礼拝 「荒野の果てに」 讃美歌106番

掲載準備中です。

月報 2018年12月号「 あなたのおかげと言われると、何よりもうれしい 」

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讃美歌112番 クリスマスに歌われる讃美歌には情景を歌う曲が多いですが、今日取り上げる讃美歌112番 「も…

2018年12月02日(日) 聖日礼拝 「くしき星よ闇の夜に」( 讃美歌118番 )

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2018年11月25日(日)聖日礼拝 「命を勝ち取ろう」

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2018年11月18日(日)聖日礼拝 「惑わされぬように」

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月報 2018年11月号 「 主イエスから学ぶ“知恵” 」

先日、私たちの教会のホームページを見られた関東在住の方が電話を下さいました。最近難病宣告を受けられ…

2018年11月11日(日)聖日礼拝 「報いてくださる神」

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2018年11月4日(日)聖日礼拝 「命の源、キリスト」

今日の聖書箇所では、イエスの方から畳みかけるように問いかけても答えは出されない、不思議な箇所です。 …

2018年10月28日(日)聖日礼拝 「神は生きている者の神」

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2018年10月21日(日)聖日礼拝 「神のものは神に返す」

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月報 2018年10月号 「 自然を見抜く目 」

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2018年10月14日(日)聖日礼拝「神の愛と人のエゴ」

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2018年10月7日(日)聖日礼拝 「もはや僕(しもべ)ではない」

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2018年9月23日(日)聖日礼拝 「キリストの権威」

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今朝は、三回にわたる「平和への道」と題した説教の最終回です。これまで、(1)神との平和を知らない罪人に…

月報 2018年9月号 「 命の健康診断 」

9月5日(水)NHKの「ガッテン!」で、『86万人の自宅に届く!乳がんで死なないための切り札をあなたへ』が放映…

2018年9月9日(日)聖日礼拝 「平和への道(2)」

1.エルサレムに入ろうとされるイエス エルサレムは、ユダヤの国の都であると同時に、神の救いの御業が進展…

2018年9月2日(日)聖日礼拝 「平和への道(1)」

平和への思いは、日本の元号にも込められてきました。「平成」とは、“国の内外、天地とも平和が達成される…

2018年8月26日(日)聖日礼拝 「信仰と報い」

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2018年8月19日(日)聖日礼拝 「救いの訪れ」

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月報 2018年8月号 「 わたしの魂もあなたを慕いあえぎます 」

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2018年8月12日(日)聖日礼拝 「信仰があなたを救う」

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2018年8月5日(日)聖日礼拝 「人にはできずとも神にはできる(3)」

「人にはできずとも神にはできる」三回シリーズは、 ルカ18:18 また、ある役人がイエスに尋ねた、「よき師…

2018年7月29日(日)聖日礼拝 「人にはできずとも神にはできる(2)」

今日は、先週に引き続き、「人にはできずとも神にはできる」その2と題して、ルカ18章18節から30節の御言葉…

2018年7月22日(日)聖日礼拝 「人にはできずとも神にはできる(1)」

今日の出来事は、マタイ、マルコも記してます。これらをあわせて読むと、彼は若くて人望があり、しかも裕…

月報 2018年7月号 「 愛で、覆(おお)う 」 

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2018年7月15日(日) 聖日礼拝 「律法の役割」

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2018年7月8日(日)聖日礼拝「約束と律法」

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2018年7月1日(日) 聖日礼拝「イエスと幼子」

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2018年6月24日(日)聖日礼拝 「高ぶる者は低くされる」

はじめに 「目は心の鏡」という諺があります。『目はその人の心を映し出す鏡のようなものだから、目を見れ…

2018年6月17日(日)聖日礼拝 「私たちは失望しない」

「私たちは失望しない」です。どんな望みを失わないのか。終わりの日に於ける主イエスの再臨であり、完成…

月報 2018年6月号 「 その日、その時 」 

この「その日その時」とは、聖書の預言で唯一成就を待っているその日その時のことです。この日のことは、…

2018年6月10日(日) 聖日礼拝 「終末に備える」

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2018年6月3日(日)聖日礼拝 「神の国はいつ来るか」

今日から三回に分けて「神の国」に関して聖書からお話しします。今日の箇所は、 17:20a 神の国はいつ来る…

2018年5月27日(日) 聖日礼拝 「信仰があなたを救う」

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「この曲った時代から救われよ」。これはペンテコステ(聖霊降臨日)の中心的メッセージです。今日は、世界…

月報 2018年5月号 「 神の愛がわたしたちの心に注がれている 」 ~ペンテコステ(聖霊降臨)記念日にちなんで~

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2018年5月13日(日)聖日礼拝 「魂のへの配慮」

今日の聖書箇所では、後ろから遡ることで文脈がはっきりしてきます。 (1)7-10節、しもべの主人に対する謙…

2018年5月6日(日)聖日礼拝 「人生を正すは聖書のみ」

私たちは様々な知恵や知識に関心を持ちます。ところが、死後に関してはけっこう無頓着でいます。それも無…

2018年4月29日(日)聖日礼拝 「信仰の祝福」

教会の歴史は、ある意味、異端との戦いの歴史でもあります。ガラテヤ人への手紙は、ガラテヤの教会に入り…

2018年4月22日(日)聖日礼拝 「神はあなたの心をご存じ」

欲の深いパリサイ人たちが、すべてこれらの言葉を聞いて、イエスをあざ笑った。(16:14)とありますが、これ…

月報 2018年4月号 「 キリストがよみがえらされた如く、あなたも 」

キリストはよみがえった!このキリスト復活の喜びは深く大きな喜びです。フェイク(偽物)やプロパガンダ(政…

2018年4月15日(日)聖日礼拝 「真の富を任せられる人」

イエスが語る例え話は、私たちの身近な事柄を通して、目に見えない世界の永遠の事に気付かせてくれます。…

2018年4月8日(日)聖日礼拝 「(あなたの)よみがえりの確かさ」

自分が何を信じているか深く考えることはとても大事です。日本人の場合は、専ら「先祖等からの言い伝え」…

2018年4月1日(日)聖日礼拝 「新たに生きる望み」

「ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神。神は、その豊かなあわれみにより… 」この「…

2018年3月25日(日)聖日礼拝 「希望への道標」

来週はイエス・キリストのよみがえりを記念するイースターですが、その三日前に、イエス・キリストは十字…

月報 2018年3月号 「 春の雨 」

いよいよ春です。そこで「春」が聖書にどの様に使われているか調べてみました。すると、「春の雨」(「後の…

2018年3月18日(日) 聖日礼拝 「命に至る終活」

終活とは、人生の終わりのための多岐にわたる多様な活動の総称です。マスコミで頻繁に取り上げられ、「終…

2018年3月11日(日)聖日礼拝 「一緒に喜ぼう」

今日は、“福音書中の福音書”とか「放蕩息子のたとえ」と呼ばれる有名な箇所です。先週の二つの譬えに続い…

2018年3月4日(日)聖日礼拝 「私を見出して下さる神」

私を見出して! 現代人の多くの方々が、ツイッター、フェイスブックやLINEと言ったSNS(ソーシャル・ネット…

2018年2月25日(日)聖日礼拝 「信仰に生きる覚悟」

まず最初に、はっきりさせたいことが二点あります。 まず第一に、今日の主題です。それは、26, 27, 33節で…

2018年2月18日(日) 聖日礼拝 「おもてなしを拒む頑なさ」

先週、主イエスは「まことのおもてなし」について聖書から学びましたが、 14:15 列席者のひとりがこれを…

月報 2018年2月号 「 凍える寒さを知る人 」

冒頭から私事で恐縮ですが、居室から廊下に出ると気温は氷点下、せいぜい5℃の日が長く続きました。給湯…

2018年2月11日(日) 聖日礼拝 「まことのおもてなし」

「お・も・て・な・し」、素敵な言葉です。2013年9月のIOC総会で、東京にオリンピックを招致するアンバサ…

2018年2月4日(日) 聖日礼拝 「まことの謙遜」

上座と下座とを峻別し自分の分を弁えた席に着くことは、その人自身の評価に繋がることです。 1.譬えのあ…

2018年1月28日(日) 聖日礼拝 「愛を割り引く身勝手」

イエスが「安息日に人をいやす」出来事はルカによる福音書では三度目です。これほど繰り返されるのは、私…

2018年1月21日(日) 聖日礼拝 「キリストによる平和(2)」

今朝も、先週に引き続き今年の教会標語聖句、 3:15a キリストの平和が、あなたがたの心を支配するように…

月報 2018年1月号 「 信仰によって 」

今もなお多くの人に愛されている著名な説教者がこう書いています。 「『あなたの御言葉はなんですか』」と…

2018年01月14日(日) 聖日礼拝 「キリストによる平和」

会員総会が礼拝後もたれる今朝は、今年の教会標語聖句を含む一つの段落からお話しします。 教会の標語聖句…

2018年01月07日(日) 聖日礼拝 「あなたの道を行きなさい」

ダニエルの預言は、自分たちの拠り所エルサレム神殿すら破壊され、祖国からバビロンに連れ去られ、70年も…

2017年12月31日(日) 聖日礼拝「安らぎ喜びて」

先週まで賑わいだクリスマスは、寒風により何処かに吹き飛ばされてしまった感がしますが、聖書に記された…

2017年12月24日(日) 聖日礼拝「命の光輝くクリスマス」

導入 ~「言(ことば)」とは? 今日はクリスマス礼拝です。先週までクリスマスの情景が記された聖書からお…

2017年12月17日(日) 聖日礼拝「神の贈り物は喜び」

今日の聖書箇所は、クリスマスカードや降誕劇に頻繁に登場します。 この出来事が聖書に記されているのは何…

月報 2017年12月号 「 入ってきて下さい! 」

今は待降節、そしてクリスマスに続いて新年を迎えようとしています。詩篇24篇は、この様な時期に相応し…

2017年12月10日(日) 聖日礼拝「高き天より私は来た」

はじめに 先週は、マリヤが御使いからの受胎告知と親戚のエリザベツから祝福を受けて、マリヤが、 ルカ1:4…

2017年12月3日(日) 聖日礼拝「私を心に掛けて下さる神」

12月となりクリスマスを迎えようとしています。 1:46 するとマリヤは言った、「わたしの魂は主をあがめ、…

2017年11月26日(日) 聖日礼拝 「驚くべき愛と寛容」

今日の聖書箇所では、日本語訳では表面に出ていませんが、頻繁に使われているキーワードが一つあります。…

2017年11月19日(日)聖日礼拝「我ここに立つ」

「私の良心は神の言葉に捉えられております。私の誤りが神の言葉によって指摘されない限り、私は何一つ撤…

月報 2017年11月号 「 収穫に感謝して 」

暦の上では立冬が過ぎ、多くの人々がカボチャなどに仮装して楽しんでいたハロウィンは、余韻など跡形もな…

2017年11月12日(日) 聖日礼拝 「狭い戸口から入れ」

導入 13:23 すると、ある人がイエスに、「主よ、救われる人は少ないのですか」と尋ねた。 このイエスへの…

2017年11月5日(日) 聖日礼拝 「神の国のたとえ」

13:18 そこで言われた、「神の国は何に似ているか。またそれを何にたとえようか。 “そこで言われた”との…

2017年10月29日(日) 聖日礼拝 「神はわれらの避け所」 讃美歌で歌われる福音(4)

46:1 神はわれらの避け所また力である。悩める時のいと近き助けである。 今日は宗教改革500年を記念する…

2017年10月22日(日) 聖日礼拝 「奇跡はなんのために?」

今朝は、予定を変更して、「奇跡はなんのために?」と題してマルコ6章30-44節から福音に聞くことにします。…

2017年10月15日(日) 修養会主題講演 「輝く明けの明星」 讃美歌で歌われる福音(3)

今年は宗教改革500年記念の年ですので、今月の礼拝では、宗教改革当時に誕生した讃美歌から一曲を歌い、説…

2017年10月15日(日) 聖日礼拝 「目覚めよと呼ぶ声す」 讃美歌で歌われる福音(2)

今年は宗教改革500年記念の年ですので、今月の礼拝では、宗教改革当時に誕生した讃美歌から一曲を歌い、説…

月報 2017年10月号 「 信仰による義人は生きる(2) 」~ 宗教改革500年記念礼拝を控えて ~

月報9月号でお話ししたように、修道士ルターは苦悶の末に「信仰による義人は生きる」というローマ1章17…

2017年10月8日(日) 聖日礼拝 「深き悩みの淵より」 讃美歌で歌われる福音(1)

今年は宗教改革500年記念の年ですので、今月の礼拝では、宗教改革当時に誕生した讃美歌から一曲を歌い、説…

2017年10月1日(日)聖日礼拝「信仰か律法か」

救いは信仰によるのか、それとも律法の行いによるのか。パウロはガラテヤの教会に吹き荒れる律法主義・ユ…

2017年9月24日(日) 聖日礼拝 「解放の時は、今」

導入 私たちの祖国の内実や日本を取り巻く世界の状況を見ていると、私たち一人ひとりが、自分の力では抗え…

2017年9月17日(日) 聖日礼拝 「悔い改めのチャンス (2)」

1.導入 このたとえ話に登場する果樹園の主人は、ぶどう園にいちじくの木を植えて3年で実を結ばないと切り…

2017年9月10日(日) 聖日礼拝 「悔い改めのチャンス」

私たちには、口に出すことはせずとも心の底に潜む、ある考え方があるのではないでしょうか。それは、「普…

月報 2017年9月号 「 信仰による義人は生きる(1)」 ~ 宗教改革500年記念礼拝を控えて

☆福音が凝縮されたローマ1章17節 福音がこの17節に凝縮されていると言っても過言ではありません。この1…

2017年9月3日(日) 聖日礼拝 「口に甘く腹に苦い?」

1.導入 月報8月号にも書きましたが、2017年8月1日の朝日新聞に、「扇風機、寝具、正露丸…猛暑のりきるグッ…

2017年8月27日(日) 聖日礼拝 「今の時代を見分けなさい」

今日でルカ12章を終えます。今日の聖書箇所後半の「和解の勧めの譬え」は、前半の「今の時代を見分ける」…

2017年8月20日(日) 聖日礼拝 「“火”は燃えているか」

72年前、広島と長崎への原爆投下、そして終戦を迎えたこの時期、私たちは平和への思いを一層かき立てられ…

2017年8月13日(日)聖日礼拝 「救いの確信」

「テサロニケ人への第2の手紙」の第2章13節~17節の御言です。 短い御言葉の中に、信仰へと至る道筋、救い…

月報 2017年8月号 「 猛暑をのりきる! 」

2017年8月1日の朝日新聞に、「扇風機、寝具、正露丸…猛暑のりきるグッズ人気」という見出しの記事があり…

2017年8月6日(日) 聖日礼拝 「賢い人とは誰か」

前回は、主イエスの再臨という、確かな約束を不断の備えをして待つことの幸いを聖書から学びました。さて…

2017年7月30日(日)聖日礼拝「信仰による義」

ペテロがアンテオケに来た時に、ユダヤ人キリスト者達に迎合して異邦人キリスト者達と距離を取ったことは…

2017年7月23日(日) 聖日礼拝 「目をさましていなさい」

導入 12:37 主人が帰ってきたとき、目を覚しているのを見られる僕たちは、さいわいである。よく言ってお…

2017年7月16日(日) 聖日礼拝 「恐れるな、小さい群れよ」

導入 12:32 恐れるな、小さい群れよ。御国を下さることは、あなたがたの父のみこころなのである。 イエス…

2017年7月9日(日) 聖日礼拝 「ただ御国を求めよ」

12:22 それから弟子たちに言われた、「それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようかと、命のこと…

月報 2017年7月号 「 賢かったが愚かだった男 」

主イエスは、「たといたくさんの物を持っていても、人のいのちは、持ち物にはよらない」と言われた後、そ…

2017年7月2日(日) 聖日礼拝 「人の命は財産によらず…」

今回は、“愚かな金持の農夫のたとえ”として良く知られている箇所でが、(1)「この世を去る時は生まれた時の…

2017年6月25日(日) 聖日礼拝 「自分の信じるところを」(2)

導入 今日の聖書箇所は、「自分の信じるところ」を堂々と生きなさいと私たちを励まします。 12:11 あなた…

2017年6月18日(日) 聖日礼拝 「自分の信じるところを」

前回は、1~7節より、困難の中で信仰を守り抜く心構えとして、人を恐れず神を恐れるべき事を学びました。 …

2017年6月11日(日) 聖日礼拝 「恐れと平安」

1.導入  12:4 そこでわたしの友であるあなたがたに言うが、からだを殺しても、そのあとでそれ以上なにも…

月報 2017年6月号 説教 「 聖書に“雨”を訪ねて 」

梅雨に入った今月は、「雨」をキーワードにして聖書を探訪してみました。 (1)雨を降らせるのは「私だ」 「…

2017年6月4日(日) 聖日礼拝 「キリストの教会の誕生」(2)

今日はペンテコステ(聖霊降臨)記念礼拝をしています。キリスト教会の誕生日でもあります。それゆえペンテ…

2017年5月28日(日) 聖日礼拝 「キリストの教会の誕生」(1)

来週は、キリストの教会の誕生日ペンテコステ(聖霊降臨)を記念する礼拝です。今日は、このことが預言され…

2017年05月21日(日) 聖日礼拝 「負い切れない重荷をおろそう」(2)

はじめに 今朝の聖書箇所にも一つの出来事が記されています。それを学んで私たちはどうしようと言うのでし…

2017年5月14日(日) 聖日礼拝 「負い切れない重荷をおろそう」

今日の御言葉は、ある人に食事に招かれた時、イエス様が、食前の清めの儀式を守らなかったことが発端とな…

月報 2017年5月号 「 喜びは、まず、深い悲しみから 」 ~ 聖霊降臨日(ペンテコステ)を控えて ~

主イエスが言われた「エルサレムから離れないで、かねてわたしから聞いていた父の約束を待っているがよい…

2017年5月7日(日) 聖日礼拝 「清くすべきは内実」(2)

新約聖書には、ユダヤ教パリサイ派の人々に対するイエスの嘆きと戒めとが多く出て来ます。イエスは、パリ…

2017年4月30日(日) 聖日礼拝 「清くすべきは内実」(1)

1.頻繁に登場するパリサイ人 今日の37節からは、当時の宗教的指導者のパリサイ人、律法学者たちの偽善に対…

2017年4月23日(日) 聖日礼拝 「キリストは確かによみがえられた」(2)

先週は12-19節から、コリント教会の「ある人々」が主張した「もし死人の復活がないならば」との誤った仮定…

2017年4月16日(日) イースター記念礼拝 「キリストは確かによみがえられた」

序.キリスト教宣教は、「キリストは確かによみがえられた」と言うこと 今日は、私たちの救い主イエス・キ…

2017年4月9日(日) 聖日礼拝 「内なる光をあなたに」

1.「あかり」の大切さ 私たちは、「あかり」があるので日常生活を送れます。ところが、目が悪くなり「あか…

月報 2017年4月号 「 私たちへのしるし 」

神は恵みによって、イエスは救い主であることを信じられるように、人知を超えた「しるし」を与えて下さ…

2017年4月2日(日) 聖日礼拝 「救いは信仰から」

1.はじめに 救いは信仰からです。また信仰とは、御言葉に聞くことから始まります。 では、御言葉に聴くと…

2017年3月26日(日)聖日礼拝 「畏れるべきは神のみ」

人が義とされるのは信仰によってのみである、それがパウロの主張するところであった。パウロは神からその…

2017年3月19日(日) 聖日礼拝 「聖書の言葉を聞ける人は幸い」

  

2017年3月12日(日) 聖日礼拝 「うつろな魂の危うさ」

イエス・キリストが約2000年前にこの世界に来て下さったことにより、霊的に表現するなら「悪しき諸霊力が…

月報 2017年3月号 「 “十戒”の映画を覚えておられますか 」

 ルカ11章20節の「神の指」とは聖書でも珍しい表現ですが、神の御業の類い無き素晴らしさを私たちの記憶…

2017年3月5日(日) 聖日礼拝 「悪しき力からの救い」

ルカ11:20 しかし、わたしが神の指によって悪霊を追い出しているのなら、神の国はすでにあなたがたのとこ…

2017年2月26日(日) 聖日礼拝 「求めなさい、そうすれば与えられる」

ルカ11:9 そこでわたしはあなたがたに言う。求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば見…

2017年2月19日(日) 聖日礼拝 「まごころと信頼」

ただいま長老任職・就職式が執り行われましたが、そこで読まれた聖書にこうありました。 5:1 そこで、あ…

月報 2017年2月号 「 愛は、おおう 」

 聖書には、何故こんな事が書かれているのだろう?!と思わせられる記事が沢山あります。その一つがこの出…

2017年2月12日(日) 聖日礼拝「祈りを聞いて下さる神」

今日の譬え話は、神は私たちの祈りを聞いて下さる方である事を教えながら、前回までの主の祈りと、9節以下…

2017年2月5日(日) 聖日礼拝「祈る時は、こう祈りなさい (3)」

キリスト者に限らず多くの人々が切々とまごころから祈ることをします。 しかし、単にまごころから出さえす…

2017年1月29日(日) 聖日礼拝「異邦人に遣わされるパウロ」

この書はガラテヤの教会に入り込んだ誤った教えに対してパウロが反論し、正しい福音に立ち返るよう迫る文…

月報 2017年1月号 「 恐れるな、わたしはあなたをあがなった 」

この、希望と平和を約束するメッセージは、今年の教会標語聖句です。 ■「恐れるな」 この言葉は、救い主…

2017年1月22日(日) 聖日礼拝 「恐れるな」

43:1 …「恐れるな、わたしはあなたをあがなった。わたしはあなたの名を呼んだ、あなたはわたしのものだ。…

2017年1月15日(日) 聖日礼拝 「祈る時は、こう祈りなさい」(2)

イエス様が教えてくださった〝主の祈り″の前半を先週学びました。今日は、私たちの日常生活に関わる祈りの…

2017年1月8日(日) 聖日礼拝 「祈る時は、こう祈りなさい」

主の祈りは、世界中のキリスト者と教会で、それぞれの国の言語、民族の言葉で祈られています。主の祈りは…

2017年1月1日(日) 新年礼拝 「人が生きる第一の目的」

1.導入  年初、多くの人々が、初詣に行きます。そこには、受験生、婚活・就活、商人、政治家...様々な立…

2016年12月25日(日) クリスマス記念礼拝 「“故郷”に帰る時、クリスマス」

クリスマスはイエス・キリストの降誕を記念して祝う祝日です。その出来事が聖書に次の様に記されています…

2016年12月18日(日) 聖日礼拝 「驚き、そして喜ぶ」

1.祖国日本のクリスマス クリスマスが年中行事になったのは、救い主降誕から何百年も後になってからのこと…

月報 2016年12月号 「 クリスマスの“買い物” 」

クリスマスが近づくと、私たちはクリスマスに備えて色々な買い物をします。この機会に、主イエスが私たち…

2016年12月11日(日) 聖日礼拝 「闇に輝き出た光」

1. クリスマスに私どもが忘れることのできない美しい情景を、今日から3週続けますが、最初の今日は、「ベ…

2016年12月4日(日) 聖日礼拝 「救いが現れた」

1.「救いが現れた」 クリスマス、私たちはどんなものを見て、どんなもので満されたいか、思ってみたことが…

2016年11月27日(日) 聖日礼拝 「なくてはならぬもの」

ルカ10:42 しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。マリヤはその良い方を選んだの…

2016年11月20日(日) 聖日礼拝 「愛されることを知る」

1.今日の主題 今日の聖書箇所は、隣人愛を教える「良きサマリヤ人の譬」として知られています。しかし、…

月報 2016年11月号 「人のおもな目的 」

多くのプロテスタント教会が信仰教育に用いてきた書物に、ウェストミンスター小教理問答があります。宗教…

2016年11月13日(日) 聖日礼拝 「喜びにあふれて」

10:21a そのとき、イエスは聖霊によって喜びあふれて言われた、「天地の主なる父よ。あなたをほめたたえま…

2016年11月6日(日) 聖日礼拝 「最も大きな喜び」

今日の箇所は、福音宣教から帰ってきた72人もの弟子たちが、輝かしい成功に大喜びしているところから始ま…

2016年10月30日(日) 聖日礼拝 「義認の恵み」

「義認」とは神さまから「あなたは正しい」と認めていただくことです。罪人(つみびと)である私たちが、ど…

2016年10月23日 礼拝説教 「あなたが救われるよう願う」

しかし、どの町へはいっても、人々があなたがたを迎えない場合には、大通りに出て行って言いなさい、『わ…

2016年10月16日(日) 聖日礼拝 ならびに 第47回 住吉教会修養会

礼拝に引き続いて、修養会を下記の通り行いました。 日時場所 2015年10月18日(日) 礼拝後~午後三時頃、 …

2016年10月16日 礼拝説教 「人生を満たすための知恵、聖書」

招き 聖書について次の様に言われています。 「聖書は決して現実を無視したり、軽視したりしない。現実を…

2016年10月9日 礼拝説教 「平安をあなたに」

今朝も、礼拝におかえりなさい!この一週間もお疲れ様でした。この一週間、皆さまに平安がありましたか。ま…

月報 2016年10月号 「 収穫(実り) 」

今年も実りの秋がやって来ました。タイトルの「収穫(実り)」という言葉は、新約聖書だけでも何十回も使…

2016年10月2日 礼拝説教 「前のものに向かって」

あなたは、どの様な目標を持っておられますか。あるいは、これといった目標を持てないまま日々をお過ごし…

2016年9月25日 礼拝説教 「反対しない者は味方」

キリスト教には多様な教派があり、またその名による活動も多岐に亘ります。今日は、聖書が教える大原則が…

2016年9月18日 礼拝説教 「人の偉さは何で決まるか」

“人の大小”は何で決まるか。切実な問いです。そして、どんな“物差し”を持つかで、その人の人生が左右され…

2016年9月11日 礼拝説教 「曲がった時代を、真っ直ぐ生きる」

今日の聖書箇所には、イエスの受難預言が繰り返される最中で為された癒やしの奇跡と、非常に珍しいイエス…

月報 2016年9月号 「 聖書を読もう 」

みなさまが聖書を読もうとする時、どのような気持ちで聖書を開かれますか。是非とも、神がこの私に語りか…

2016年9月4日 礼拝説教 「栄光へと導く励まし」

今朝は、 ①神の御子イエスの祈りは、十字架に向けて真っ直ぐ進み行く為の備えでした ②この出来事は、父な…

月報 2016年8月号 「 快(こころよ)い聖書の読み方 」

家内から聞いた話ですが、ある介護施設では、『水戸黄門』のビデオが特に好まれ、高齢の方々が、じいっと…

月報 2016年7月号  「 暑い! 」

猛暑が始まってます。本格的酷暑を控え、今月は避暑がてら「暑」の言葉遊びをしてみましょう。 まず、聖…

月報 2016年6月号  「食べられるって、しあわせ」

イエス様は、「何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずら…うな」(マタイ6:25)、「人…

月報 2016年5月号 「ペンテコステに響いた音」

つい先日、調整・修理に出していた私たちの教会のオルガンが仕上がって戻ってきました。 ところで、パイプ…

月報 2016年4月号  「人と共に泣くということ」

「ああ、それならわたしは知っていました。先生が最初にお見えになったあの五月の太陽の輝く朝、涙ながら…

月報 2016年3月号 「 何を聞き、何を思うか 」

今、アメリカでは大統領選の候補者指名争いが繰り広げられ、舌戦の凄まじさには圧倒されます。この様な時…

月報 2016年2月号 「 人が集まるのは、集まることで互いに癒(いや)しあえるから 」

最近私が読んだ『失われた物語を求めて』(レイチェル・ナオミ・リーメン著)に次の様にありました。「人…

月報 2016年1月号 「 待ち望む 」

日本の正月の風習に、最近では廃(すた)れつつあるように感じますが、門松を飾ることがあります。「松」は…