2019年4月7日(日)聖日礼拝 「戦い無くして勝利無し」

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2019年4月7日(日)聖日礼拝 「戦い無くして勝利無し」

22:35 そして彼らに言われた、「わたしが財布も袋もくつも持たせずにあなたがたをつかわしたとき、何かこまったことがあったか」。彼らは、「いいえ、何もありませんでした」と答えた。
22:36 そこで言われた、「しかし今は、財布のあるものは、それを持って行け。袋も同様に持って行け。また、つるぎのない者は、自分の上着を売って、それを買うがよい。
22:37 あなたがたに言うが、『彼は罪人のひとりに数えられた』としるしてあることは、わたしの身に成しとげられねばならない。そうだ、わたしに係わることは成就している」。
22:38 弟子たちが言った、「主よ、ごらんなさい、ここにつるぎが二振りございます」。イエスは言われた、「それでよい」。
ルカによる福音書 22章35~38節

「つるぎのない者は、自分の上着を売って、それを買うがよい」「主よ、ごらんなさい、ここにつるぎが二振りございます」「それでよい」。この会話は、キリスト者の“武力闘争”を肯定しているようにも思えます。確かにキリスト教信仰の究極的目的は、天の御国に凱旋することであり、戦い無くして勝利はありません。しかしその戦いは武器・兵器による戦争ではありません。
今日は、
(1)イエスが十字架に掛かることで、これ迄の歓迎された状況が一変すること。
(2)その様な事態になる理由。
(3)そういった状況下での戦い方。
について聖書からお話しします。


1.イエスと弟子たちが歓迎された状況が今後一変する、戦いに備えなさい
 22:35 そして彼らに言われた、「わたしが財布も袋もくつも持たせずにあなたがたをつかわしたとき、何かこまったことがあったか」。彼らは、「いいえ、何もありませんでした」と答えた。
 22:36 そこで言われた、「しかし今は、財布のあるものは、それを持って行け。袋も同様に持って行け。また、つるぎのない者は、自分の上着を売って、それを買うがよい。
風雲急が告げられています。なぜ戦わねばならないのでしょうか。私たちは平和を渇望しているにも関わらず。


2.その戦いが起きる理由
その理由が教えられます。
 22:37 あなたがたに言うが、『彼は罪人のひとりに数えられた』としるしてあることは、わたしの身に成しとげられねばならない。そうだ、わたしに係わることは成就している」。
ここの「彼は罪人のひとりに数えられた」、「わたしに係わることは成就している」とは、
イザヤ53:12 それゆえ、わたしは彼に大いなる者と共に/物を分かち取らせる。彼は強い者と共に獲物を分かち取る。これは彼が死にいたるまで、自分の魂をそそぎだし、とがある者と共に数えられたからである。しかも彼は多くの人の罪を負い、とがある者のためにとりなしをした。
この預言の成就であり、神の救いの御業進展の証拠です。そしてイエスがよみがえる事によって、前回(3/24)説教「試錬の日の守り」でお話しした霊的な戦いが起きるのです。


3.剣を買え、二振りの剣、それで十分を聖書により解釈する
その戦いとは、サタンの悪あがきによって一定期間起こるもので、キリスト者に対する罪の誘惑や試錬と言った霊的な戦いです。すると、次の会話をどう理解すれば良いのでしょうか。
 22:38 弟子たちが言った、「主よ、ごらんなさい、ここにつるぎが二振りございます」。イエスは言われた、「それでよい」。
(1)「それで十分」
「それで十分」という短い言葉は、「それで十分いいんだ」という肯定の意味と、それから「もうたくさんだ」という否定の意味と、正反対の意味で使われます。
日本語でも似た言葉がありますね、「たいへん結構な品ですが、もう結構ですよ」とか。
①うらやましいほどすぐれた、みごとだ。
②これ以上いらない「もう結構です」
(2)「それで十分」を肯定的に解釈した有名な例があります。14世紀初頭のある教皇が〝ぺテロの後継者であるローマ教皇は聖俗二振りの剣を持っている″と主張したのです。しかし今日のカトリックの方々の聖書翻訳とその注釈では完全に否定され、ここでイエスが言われたのは「否定なさった」に変わっているそうです。
一方、否定の意味で使われていることが明瞭な箇所があります。
Ⅱコリント2:6 その人にとっては、多数の者から受けたあの処罰でもう十分なのだから、
そもそも最後の晩餐の直後、ゲッセマネの園でこんなことが起きました。
マタイ26:51-52 すると、イエスと一緒にいた者のひとりが、手を伸ばして剣を抜き、そして大祭司の僕に切りかかって、その片耳を切り落した。/そこで、イエスは彼に言われた、「あなたの剣をもとの所におさめなさい。剣をとる者はみな、剣で滅びる。
イエスはこう言われたのです。また「つるぎ」については、
黙示録13:10 …つるぎで殺す者は、自らもつるぎで殺されねばならない。ここに、聖徒たちの忍耐と信仰とがある。
とも聖書に書かれています。私たちキリスト者の戦いでは「つるぎ」と言われる武器・兵器には依らないのです。
ただ、聖書は一切の「つるぎ」を否定している訳ではありません。
ローマ13:1 すべての人は、上に立つ権威に従うべきである。なぜなら、神によらない権威はなく、おおよそ存在している権威は、すべて神によって立てられたものだからである。
ローマ13:4 彼は、あなたに益を与えるための神の僕なのである。しかし、もしあなたが悪事をすれば、恐れなければならない。彼はいたずらに剣を帯びているのではない。彼は神の僕であって、悪事を行う者に対しては、怒りをもって報いるからである。

ですから、36節から38節のイエスの言葉を要約するとこうなります。
①イエスと弟子たちは、これ迄は何の不自由もなく民衆から温かい支援を受けて福音を伝道できた。
②しかし、イエスが犯罪人扱いされる事により、またサタンがイエスの弟子たちをふるいにかけることを願って聞かれた故に、罪の誘惑と試練・困難がやってくる時代に変わる。
③しかし弟子たちは、そうなった時に必要なのは文字通りの「つるぎ」と理解したのです。これまでイエスは、信仰とは霊的な次元の戦いだ…と一所懸命教えてこられたのに、弟子たちは未だ判っていなかったのです。
④その様な弟子たちに、イエスは「もうやめよう」と話しを打ち切られたのです。
これが36節から38節のイエスの言葉の要約です。


4.「つるぎ」とは「神の言」
では、イエスが持ちなさいと言われた「つるぎ」について書かれている箇所があります。
エペソ6:13-17 それだから、悪しき日にあたって、よく抵抗し、完全に勝ち抜いて、堅く立ちうるために、神の武具を身につけなさい。/すなわち、立って真理の帯を腰にしめ、正義の胸当を胸につけ、/平和の福音の備えを足にはき、/その上に、信仰のたてを手に取りなさい。それをもって、悪しき者の放つ火の矢を消すことができるであろう。/また、救のかぶとをかぶり、御霊の剣、すなわち、神の言を取りなさい。
カルヴァンがこう注解しています。キリスト者として生きることは悪魔との戦いでもある。当時のローマ兵の武装はかぶと、胸当て、すね当て、盾、剣、槍などであった。しかし神は、敵の攻撃を完全に退けることができるよう神はあらゆる武具を与えて下さる。その「つるぎ」とは「御霊の剣、すなわち、神の言」だ、と。
この事が判ると、次の言葉も理解出来ます。
マタイ10:34 地上に平和をもたらすために、わたしがきたと思うな。平和ではなく、つるぎを投げ込むためにきたのである。
その「つるぎ」についてこう書かれています。
ヘブル4:12 というのは、神の言は生きていて、力があり、もろ刃のつるぎよりも鋭くて、精神と霊魂と、関節と骨髄とを切り離すまでに刺しとおして、心の思いと志とを見分けることができる。


5.私たちは「戦い無くして勝利無し」
店の御国に凱旋する道中の戦いは、「神の御言葉の剣」しかありません。弟子たちは、一度は武器を取り違え剣で挑んだ戦いには敗れました。しかしそのゲッセマネの園の出来事以後、弟子たちが剣を振るったとの記述はありません。使徒行伝には、弟子たちは御言葉の剣を用いて勝利していったことが証言されています。

他方、武力により祖国の独立を勝ち取ろうとローマ帝国に挑んだユダヤの国は滅びた史実を忘れてはなりません。神の言葉による「戦い無くして勝利無し」です。

このことは、イエスが公生涯に先だって、荒れ野で悪魔の誘惑とどう戦われたかを思い出させます。イエスは、「聖書にこう書いてある」(ルカ4章)と、神の言葉を繰り返し用い、サタンの誘惑に勝利されました。しかし「霊的剣が神の言葉である」ということは、ただ形式的に聖書を引用するということではありません。聖書のここにこう書いてあるという諳誦聖句をひけらかすことでもありません。実際に、霊的戦いに用いることです。それも他人を裁くのでなく救うために用います。御言葉は、この世の誘惑になびきがちな自分自身と戦う為にも用いるのです。イエスと生活を共にしながら御言葉により自分自身を吟味せず罪に麻痺してイスカリオテのユダは滅んだことを忘れてはなりません。

誘惑とは、反社会的・反道徳的なものばかりではありません。日々の生活・老後の備えへの思い煩い、子どもの養育、保育所や学校・ご近所や会社での人間関係、闘病生活の心労等々からの誘惑もあり得ます。「御言葉の剣」を用いる機会は誰にでもいくらでもあります。老若男女・大人も子どもも分け隔て無く罪の誘惑、試錬・困難はやって来ます。
「戦い無くして勝利無し」です。だからこそキリスト者は真理、正義、平和の福音、信仰、救い、神の言葉等の霊的武具を与えられています。これを最大限に用いない手はありません。昔のお侍(さむらい)は、幼い頃から剣術に励み日々刀と腕とを磨きました。刀を床の間に飾っているだけではいざという時に全く役立たぬように、御言葉も聞いて判ったつもりでいるだけでは役にたちません。いざという時に慌てふためいて戦う武器を取り違えない為にも、恥をかかない為にも普段から「備えあれば憂い無し」です。
何度も繰り返しますが、「戦い無くして勝利無し」です。その戦いは「霊的剣、神の言葉」によります。私たちは「霊の剣買って」でも身につける者でありたいです。
また、「霊的剣、神の言葉」を、これからの時代を生き抜く子どもたちこそしっかり身につけて欲しいと願うのです。


■この日の讃美歌
 12番「めぐみゆたけき主を」
 501番「いのちのみことば」
 380番「たてよ、いざたて」

 

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月報 2018年9月号 「 命の健康診断 」

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2018年9月9日(日)聖日礼拝 「平和への道(2)」

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2018年9月2日(日)聖日礼拝 「平和への道(1)」

平和への思いは、日本の元号にも込められてきました。「平成」とは、“国の内外、天地とも平和が達成される…

2018年8月26日(日)聖日礼拝 「信仰と報い」

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2018年8月19日(日)聖日礼拝 「救いの訪れ」

「イエスがエリコに近づかれたとき」の出来事に続く出来事で、教会学校でも良く用いられる箇所です。 19:1…

月報 2018年8月号 「 わたしの魂もあなたを慕いあえぎます 」

喘ぐような暑が続くと、標記の御言葉を思い出しますが、聖書には、炎暑に喘ぐ私たちを励まし慰める聖句が…

2018年8月12日(日)聖日礼拝 「信仰があなたを救う」

主イエスによる癒やしの奇跡は、イエス・キリストが神であり、人を死と滅びから救い出して永遠の命を与え…

2018年8月5日(日)聖日礼拝 「人にはできずとも神にはできる(3)」

「人にはできずとも神にはできる」三回シリーズは、 ルカ18:18 また、ある役人がイエスに尋ねた、「よき師…

2018年7月29日(日)聖日礼拝 「人にはできずとも神にはできる(2)」

今日は、先週に引き続き、「人にはできずとも神にはできる」その2と題して、ルカ18章18節から30節の御言葉…

2018年7月22日(日)聖日礼拝 「人にはできずとも神にはできる(1)」

今日の出来事は、マタイ、マルコも記してます。これらをあわせて読むと、彼は若くて人望があり、しかも裕…

月報 2018年7月号 「 愛で、覆(おお)う 」 

聖書は、信仰によって大洪水から救われたノアをこう記します。「ノアはその時代の人々の中で正しく、かつ…

2018年7月15日(日) 聖日礼拝 「律法の役割」

人々の救いが神様の約束に基くものであり、ただキリスト・イエスを信じる信仰によるものであるならば、律…

2018年7月8日(日)聖日礼拝「約束と律法」

ガラテヤの教会の人々が陥った誤ちは、自分たちの救いに律法の行いが不可欠であると、考えたことであった…

2018年7月1日(日) 聖日礼拝「イエスと幼子」

イエスが、連れて来られた病人とか悪霊に取りつかれた人たちに触れていやした出来事や、病人たち自らイエ…

2018年6月24日(日)聖日礼拝 「高ぶる者は低くされる」

はじめに 「目は心の鏡」という諺があります。『目はその人の心を映し出す鏡のようなものだから、目を見れ…

2018年6月17日(日)聖日礼拝 「私たちは失望しない」

「私たちは失望しない」です。どんな望みを失わないのか。終わりの日に於ける主イエスの再臨であり、完成…

月報 2018年6月号 「 その日、その時 」 

この「その日その時」とは、聖書の預言で唯一成就を待っているその日その時のことです。この日のことは、…

2018年6月10日(日) 聖日礼拝 「終末に備える」

私たちの世界の中に神の国は、最初のクリスマスに主イエス・キリスト降誕と共に来ていることを聖書は証し…

2018年6月3日(日)聖日礼拝 「神の国はいつ来るか」

今日から三回に分けて「神の国」に関して聖書からお話しします。今日の箇所は、 17:20a 神の国はいつ来る…

2018年5月27日(日) 聖日礼拝 「信仰があなたを救う」

私たちは、お医者さんから「病気は完治しましたよ」、「手術は成功しましたよ」と言われると飛び上がらん…

2018年5月20日(日) ペンテコステ(聖霊降臨日)記念礼拝 「心刺され、いやされる」

「この曲った時代から救われよ」。これはペンテコステ(聖霊降臨日)の中心的メッセージです。今日は、世界…

月報 2018年5月号 「 神の愛がわたしたちの心に注がれている 」 ~ペンテコステ(聖霊降臨)記念日にちなんで~

ペンテコステ(聖霊降臨)は、クリスマスとイースターに優るとも劣らぬ大きな喜びと感謝に満ちた主の日です…

2018年5月13日(日)聖日礼拝 「魂のへの配慮」

今日の聖書箇所では、後ろから遡ることで文脈がはっきりしてきます。 (1)7-10節、しもべの主人に対する謙…

2018年5月6日(日)聖日礼拝 「人生を正すは聖書のみ」

私たちは様々な知恵や知識に関心を持ちます。ところが、死後に関してはけっこう無頓着でいます。それも無…

2018年4月29日(日)聖日礼拝 「信仰の祝福」

教会の歴史は、ある意味、異端との戦いの歴史でもあります。ガラテヤ人への手紙は、ガラテヤの教会に入り…

2018年4月22日(日)聖日礼拝 「神はあなたの心をご存じ」

欲の深いパリサイ人たちが、すべてこれらの言葉を聞いて、イエスをあざ笑った。(16:14)とありますが、これ…

月報 2018年4月号 「 キリストがよみがえらされた如く、あなたも 」

キリストはよみがえった!このキリスト復活の喜びは深く大きな喜びです。フェイク(偽物)やプロパガンダ(政…

2018年4月15日(日)聖日礼拝 「真の富を任せられる人」

イエスが語る例え話は、私たちの身近な事柄を通して、目に見えない世界の永遠の事に気付かせてくれます。…

2018年4月8日(日)聖日礼拝 「(あなたの)よみがえりの確かさ」

自分が何を信じているか深く考えることはとても大事です。日本人の場合は、専ら「先祖等からの言い伝え」…

2018年4月1日(日)聖日礼拝 「新たに生きる望み」

「ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神。神は、その豊かなあわれみにより… 」この「…

2018年3月25日(日)聖日礼拝 「希望への道標」

来週はイエス・キリストのよみがえりを記念するイースターですが、その三日前に、イエス・キリストは十字…

月報 2018年3月号 「 春の雨 」

いよいよ春です。そこで「春」が聖書にどの様に使われているか調べてみました。すると、「春の雨」(「後の…

2018年3月18日(日) 聖日礼拝 「命に至る終活」

終活とは、人生の終わりのための多岐にわたる多様な活動の総称です。マスコミで頻繁に取り上げられ、「終…

2018年3月11日(日)聖日礼拝 「一緒に喜ぼう」

今日は、“福音書中の福音書”とか「放蕩息子のたとえ」と呼ばれる有名な箇所です。先週の二つの譬えに続い…

2018年3月4日(日)聖日礼拝 「私を見出して下さる神」

私を見出して! 現代人の多くの方々が、ツイッター、フェイスブックやLINEと言ったSNS(ソーシャル・ネット…

2018年2月25日(日)聖日礼拝 「信仰に生きる覚悟」

まず最初に、はっきりさせたいことが二点あります。 まず第一に、今日の主題です。それは、26, 27, 33節で…

2018年2月18日(日) 聖日礼拝 「おもてなしを拒む頑なさ」

先週、主イエスは「まことのおもてなし」について聖書から学びましたが、 14:15 列席者のひとりがこれを…

月報 2018年2月号 「 凍える寒さを知る人 」

冒頭から私事で恐縮ですが、居室から廊下に出ると気温は氷点下、せいぜい5℃の日が長く続きました。給湯…

2018年2月11日(日) 聖日礼拝 「まことのおもてなし」

「お・も・て・な・し」、素敵な言葉です。2013年9月のIOC総会で、東京にオリンピックを招致するアンバサ…

2018年2月4日(日) 聖日礼拝 「まことの謙遜」

上座と下座とを峻別し自分の分を弁えた席に着くことは、その人自身の評価に繋がることです。 1.譬えのあ…

2018年1月28日(日) 聖日礼拝 「愛を割り引く身勝手」

イエスが「安息日に人をいやす」出来事はルカによる福音書では三度目です。これほど繰り返されるのは、私…

2018年1月21日(日) 聖日礼拝 「キリストによる平和(2)」

今朝も、先週に引き続き今年の教会標語聖句、 3:15a キリストの平和が、あなたがたの心を支配するように…

月報 2018年1月号 「 信仰によって 」

今もなお多くの人に愛されている著名な説教者がこう書いています。 「『あなたの御言葉はなんですか』」と…

2018年01月14日(日) 聖日礼拝 「キリストによる平和」

会員総会が礼拝後もたれる今朝は、今年の教会標語聖句を含む一つの段落からお話しします。 教会の標語聖句…

2018年01月07日(日) 聖日礼拝 「あなたの道を行きなさい」

ダニエルの預言は、自分たちの拠り所エルサレム神殿すら破壊され、祖国からバビロンに連れ去られ、70年も…

2017年12月31日(日) 聖日礼拝「安らぎ喜びて」

先週まで賑わいだクリスマスは、寒風により何処かに吹き飛ばされてしまった感がしますが、聖書に記された…

2017年12月24日(日) 聖日礼拝「命の光輝くクリスマス」

導入 ~「言(ことば)」とは? 今日はクリスマス礼拝です。先週までクリスマスの情景が記された聖書からお…

2017年12月17日(日) 聖日礼拝「神の贈り物は喜び」

今日の聖書箇所は、クリスマスカードや降誕劇に頻繁に登場します。 この出来事が聖書に記されているのは何…

月報 2017年12月号 「 入ってきて下さい! 」

今は待降節、そしてクリスマスに続いて新年を迎えようとしています。詩篇24篇は、この様な時期に相応し…

2017年12月10日(日) 聖日礼拝「高き天より私は来た」

はじめに 先週は、マリヤが御使いからの受胎告知と親戚のエリザベツから祝福を受けて、マリヤが、 ルカ1:4…

2017年12月3日(日) 聖日礼拝「私を心に掛けて下さる神」

12月となりクリスマスを迎えようとしています。 1:46 するとマリヤは言った、「わたしの魂は主をあがめ、…

2017年11月26日(日) 聖日礼拝 「驚くべき愛と寛容」

今日の聖書箇所では、日本語訳では表面に出ていませんが、頻繁に使われているキーワードが一つあります。…

2017年11月19日(日)聖日礼拝「我ここに立つ」

「私の良心は神の言葉に捉えられております。私の誤りが神の言葉によって指摘されない限り、私は何一つ撤…

月報 2017年11月号 「 収穫に感謝して 」

暦の上では立冬が過ぎ、多くの人々がカボチャなどに仮装して楽しんでいたハロウィンは、余韻など跡形もな…

2017年11月12日(日) 聖日礼拝 「狭い戸口から入れ」

導入 13:23 すると、ある人がイエスに、「主よ、救われる人は少ないのですか」と尋ねた。 このイエスへの…

2017年11月5日(日) 聖日礼拝 「神の国のたとえ」

13:18 そこで言われた、「神の国は何に似ているか。またそれを何にたとえようか。 “そこで言われた”との…

2017年10月29日(日) 聖日礼拝 「神はわれらの避け所」 讃美歌で歌われる福音(4)

46:1 神はわれらの避け所また力である。悩める時のいと近き助けである。 今日は宗教改革500年を記念する…

2017年10月22日(日) 聖日礼拝 「奇跡はなんのために?」

今朝は、予定を変更して、「奇跡はなんのために?」と題してマルコ6章30-44節から福音に聞くことにします。…

2017年10月15日(日) 修養会主題講演 「輝く明けの明星」 讃美歌で歌われる福音(3)

今年は宗教改革500年記念の年ですので、今月の礼拝では、宗教改革当時に誕生した讃美歌から一曲を歌い、説…

2017年10月15日(日) 聖日礼拝 「目覚めよと呼ぶ声す」 讃美歌で歌われる福音(2)

今年は宗教改革500年記念の年ですので、今月の礼拝では、宗教改革当時に誕生した讃美歌から一曲を歌い、説…

月報 2017年10月号 「 信仰による義人は生きる(2) 」~ 宗教改革500年記念礼拝を控えて ~

月報9月号でお話ししたように、修道士ルターは苦悶の末に「信仰による義人は生きる」というローマ1章17…

2017年10月8日(日) 聖日礼拝 「深き悩みの淵より」 讃美歌で歌われる福音(1)

今年は宗教改革500年記念の年ですので、今月の礼拝では、宗教改革当時に誕生した讃美歌から一曲を歌い、説…

2017年10月1日(日)聖日礼拝「信仰か律法か」

救いは信仰によるのか、それとも律法の行いによるのか。パウロはガラテヤの教会に吹き荒れる律法主義・ユ…

2017年9月24日(日) 聖日礼拝 「解放の時は、今」

導入 私たちの祖国の内実や日本を取り巻く世界の状況を見ていると、私たち一人ひとりが、自分の力では抗え…

2017年9月17日(日) 聖日礼拝 「悔い改めのチャンス (2)」

1.導入 このたとえ話に登場する果樹園の主人は、ぶどう園にいちじくの木を植えて3年で実を結ばないと切り…

2017年9月10日(日) 聖日礼拝 「悔い改めのチャンス」

私たちには、口に出すことはせずとも心の底に潜む、ある考え方があるのではないでしょうか。それは、「普…

月報 2017年9月号 「 信仰による義人は生きる(1)」 ~ 宗教改革500年記念礼拝を控えて

☆福音が凝縮されたローマ1章17節 福音がこの17節に凝縮されていると言っても過言ではありません。この1…

2017年9月3日(日) 聖日礼拝 「口に甘く腹に苦い?」

1.導入 月報8月号にも書きましたが、2017年8月1日の朝日新聞に、「扇風機、寝具、正露丸…猛暑のりきるグッ…

2017年8月27日(日) 聖日礼拝 「今の時代を見分けなさい」

今日でルカ12章を終えます。今日の聖書箇所後半の「和解の勧めの譬え」は、前半の「今の時代を見分ける」…

2017年8月20日(日) 聖日礼拝 「“火”は燃えているか」

72年前、広島と長崎への原爆投下、そして終戦を迎えたこの時期、私たちは平和への思いを一層かき立てられ…

2017年8月13日(日)聖日礼拝 「救いの確信」

「テサロニケ人への第2の手紙」の第2章13節~17節の御言です。 短い御言葉の中に、信仰へと至る道筋、救い…

月報 2017年8月号 「 猛暑をのりきる! 」

2017年8月1日の朝日新聞に、「扇風機、寝具、正露丸…猛暑のりきるグッズ人気」という見出しの記事があり…

2017年8月6日(日) 聖日礼拝 「賢い人とは誰か」

前回は、主イエスの再臨という、確かな約束を不断の備えをして待つことの幸いを聖書から学びました。さて…

2017年7月30日(日)聖日礼拝「信仰による義」

ペテロがアンテオケに来た時に、ユダヤ人キリスト者達に迎合して異邦人キリスト者達と距離を取ったことは…

2017年7月23日(日) 聖日礼拝 「目をさましていなさい」

導入 12:37 主人が帰ってきたとき、目を覚しているのを見られる僕たちは、さいわいである。よく言ってお…

2017年7月16日(日) 聖日礼拝 「恐れるな、小さい群れよ」

導入 12:32 恐れるな、小さい群れよ。御国を下さることは、あなたがたの父のみこころなのである。 イエス…

2017年7月9日(日) 聖日礼拝 「ただ御国を求めよ」

12:22 それから弟子たちに言われた、「それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようかと、命のこと…

月報 2017年7月号 「 賢かったが愚かだった男 」

主イエスは、「たといたくさんの物を持っていても、人のいのちは、持ち物にはよらない」と言われた後、そ…

2017年7月2日(日) 聖日礼拝 「人の命は財産によらず…」

今回は、“愚かな金持の農夫のたとえ”として良く知られている箇所でが、(1)「この世を去る時は生まれた時の…

2017年6月25日(日) 聖日礼拝 「自分の信じるところを」(2)

導入 今日の聖書箇所は、「自分の信じるところ」を堂々と生きなさいと私たちを励まします。 12:11 あなた…

2017年6月18日(日) 聖日礼拝 「自分の信じるところを」

前回は、1~7節より、困難の中で信仰を守り抜く心構えとして、人を恐れず神を恐れるべき事を学びました。 …

2017年6月11日(日) 聖日礼拝 「恐れと平安」

1.導入  12:4 そこでわたしの友であるあなたがたに言うが、からだを殺しても、そのあとでそれ以上なにも…

月報 2017年6月号 説教 「 聖書に“雨”を訪ねて 」

梅雨に入った今月は、「雨」をキーワードにして聖書を探訪してみました。 (1)雨を降らせるのは「私だ」 「…

2017年6月4日(日) 聖日礼拝 「キリストの教会の誕生」(2)

今日はペンテコステ(聖霊降臨)記念礼拝をしています。キリスト教会の誕生日でもあります。それゆえペンテ…

2017年5月28日(日) 聖日礼拝 「キリストの教会の誕生」(1)

来週は、キリストの教会の誕生日ペンテコステ(聖霊降臨)を記念する礼拝です。今日は、このことが預言され…

2017年05月21日(日) 聖日礼拝 「負い切れない重荷をおろそう」(2)

はじめに 今朝の聖書箇所にも一つの出来事が記されています。それを学んで私たちはどうしようと言うのでし…

2017年5月14日(日) 聖日礼拝 「負い切れない重荷をおろそう」

今日の御言葉は、ある人に食事に招かれた時、イエス様が、食前の清めの儀式を守らなかったことが発端とな…

月報 2017年5月号 「 喜びは、まず、深い悲しみから 」 ~ 聖霊降臨日(ペンテコステ)を控えて ~

主イエスが言われた「エルサレムから離れないで、かねてわたしから聞いていた父の約束を待っているがよい…

2017年5月7日(日) 聖日礼拝 「清くすべきは内実」(2)

新約聖書には、ユダヤ教パリサイ派の人々に対するイエスの嘆きと戒めとが多く出て来ます。イエスは、パリ…

2017年4月30日(日) 聖日礼拝 「清くすべきは内実」(1)

1.頻繁に登場するパリサイ人 今日の37節からは、当時の宗教的指導者のパリサイ人、律法学者たちの偽善に対…

2017年4月23日(日) 聖日礼拝 「キリストは確かによみがえられた」(2)

先週は12-19節から、コリント教会の「ある人々」が主張した「もし死人の復活がないならば」との誤った仮定…

2017年4月16日(日) イースター記念礼拝 「キリストは確かによみがえられた」

序.キリスト教宣教は、「キリストは確かによみがえられた」と言うこと 今日は、私たちの救い主イエス・キ…

2017年4月9日(日) 聖日礼拝 「内なる光をあなたに」

1.「あかり」の大切さ 私たちは、「あかり」があるので日常生活を送れます。ところが、目が悪くなり「あか…

月報 2017年4月号 「 私たちへのしるし 」

神は恵みによって、イエスは救い主であることを信じられるように、人知を超えた「しるし」を与えて下さ…

2017年4月2日(日) 聖日礼拝 「救いは信仰から」

1.はじめに 救いは信仰からです。また信仰とは、御言葉に聞くことから始まります。 では、御言葉に聴くと…

2017年3月26日(日)聖日礼拝 「畏れるべきは神のみ」

人が義とされるのは信仰によってのみである、それがパウロの主張するところであった。パウロは神からその…

2017年3月19日(日) 聖日礼拝 「聖書の言葉を聞ける人は幸い」

  

2017年3月12日(日) 聖日礼拝 「うつろな魂の危うさ」

イエス・キリストが約2000年前にこの世界に来て下さったことにより、霊的に表現するなら「悪しき諸霊力が…

月報 2017年3月号 「 “十戒”の映画を覚えておられますか 」

 ルカ11章20節の「神の指」とは聖書でも珍しい表現ですが、神の御業の類い無き素晴らしさを私たちの記憶…

2017年3月5日(日) 聖日礼拝 「悪しき力からの救い」

ルカ11:20 しかし、わたしが神の指によって悪霊を追い出しているのなら、神の国はすでにあなたがたのとこ…

2017年2月26日(日) 聖日礼拝 「求めなさい、そうすれば与えられる」

ルカ11:9 そこでわたしはあなたがたに言う。求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば見…

2017年2月19日(日) 聖日礼拝 「まごころと信頼」

ただいま長老任職・就職式が執り行われましたが、そこで読まれた聖書にこうありました。 5:1 そこで、あ…

月報 2017年2月号 「 愛は、おおう 」

 聖書には、何故こんな事が書かれているのだろう?!と思わせられる記事が沢山あります。その一つがこの出…

2017年2月12日(日) 聖日礼拝「祈りを聞いて下さる神」

今日の譬え話は、神は私たちの祈りを聞いて下さる方である事を教えながら、前回までの主の祈りと、9節以下…

2017年2月5日(日) 聖日礼拝「祈る時は、こう祈りなさい (3)」

キリスト者に限らず多くの人々が切々とまごころから祈ることをします。 しかし、単にまごころから出さえす…

2017年1月29日(日) 聖日礼拝「異邦人に遣わされるパウロ」

この書はガラテヤの教会に入り込んだ誤った教えに対してパウロが反論し、正しい福音に立ち返るよう迫る文…

月報 2017年1月号 「 恐れるな、わたしはあなたをあがなった 」

この、希望と平和を約束するメッセージは、今年の教会標語聖句です。 ■「恐れるな」 この言葉は、救い主…

2017年1月22日(日) 聖日礼拝 「恐れるな」

43:1 …「恐れるな、わたしはあなたをあがなった。わたしはあなたの名を呼んだ、あなたはわたしのものだ。…

2017年1月15日(日) 聖日礼拝 「祈る時は、こう祈りなさい」(2)

イエス様が教えてくださった〝主の祈り″の前半を先週学びました。今日は、私たちの日常生活に関わる祈りの…

2017年1月8日(日) 聖日礼拝 「祈る時は、こう祈りなさい」

主の祈りは、世界中のキリスト者と教会で、それぞれの国の言語、民族の言葉で祈られています。主の祈りは…

2017年1月1日(日) 新年礼拝 「人が生きる第一の目的」

1.導入  年初、多くの人々が、初詣に行きます。そこには、受験生、婚活・就活、商人、政治家...様々な立…

2016年12月25日(日) クリスマス記念礼拝 「“故郷”に帰る時、クリスマス」

クリスマスはイエス・キリストの降誕を記念して祝う祝日です。その出来事が聖書に次の様に記されています…

2016年12月18日(日) 聖日礼拝 「驚き、そして喜ぶ」

1.祖国日本のクリスマス クリスマスが年中行事になったのは、救い主降誕から何百年も後になってからのこと…

月報 2016年12月号 「 クリスマスの“買い物” 」

クリスマスが近づくと、私たちはクリスマスに備えて色々な買い物をします。この機会に、主イエスが私たち…

2016年12月11日(日) 聖日礼拝 「闇に輝き出た光」

1. クリスマスに私どもが忘れることのできない美しい情景を、今日から3週続けますが、最初の今日は、「ベ…

2016年12月4日(日) 聖日礼拝 「救いが現れた」

1.「救いが現れた」 クリスマス、私たちはどんなものを見て、どんなもので満されたいか、思ってみたことが…

2016年11月27日(日) 聖日礼拝 「なくてはならぬもの」

ルカ10:42 しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。マリヤはその良い方を選んだの…

2016年11月20日(日) 聖日礼拝 「愛されることを知る」

1.今日の主題 今日の聖書箇所は、隣人愛を教える「良きサマリヤ人の譬」として知られています。しかし、…

月報 2016年11月号 「人のおもな目的 」

多くのプロテスタント教会が信仰教育に用いてきた書物に、ウェストミンスター小教理問答があります。宗教…

2016年11月13日(日) 聖日礼拝 「喜びにあふれて」

10:21a そのとき、イエスは聖霊によって喜びあふれて言われた、「天地の主なる父よ。あなたをほめたたえま…

2016年11月6日(日) 聖日礼拝 「最も大きな喜び」

今日の箇所は、福音宣教から帰ってきた72人もの弟子たちが、輝かしい成功に大喜びしているところから始ま…

2016年10月30日(日) 聖日礼拝 「義認の恵み」

「義認」とは神さまから「あなたは正しい」と認めていただくことです。罪人(つみびと)である私たちが、ど…

2016年10月23日 礼拝説教 「あなたが救われるよう願う」

しかし、どの町へはいっても、人々があなたがたを迎えない場合には、大通りに出て行って言いなさい、『わ…

2016年10月16日(日) 聖日礼拝 ならびに 第47回 住吉教会修養会

礼拝に引き続いて、修養会を下記の通り行いました。 日時場所 2015年10月18日(日) 礼拝後~午後三時頃、 …

2016年10月16日 礼拝説教 「人生を満たすための知恵、聖書」

招き 聖書について次の様に言われています。 「聖書は決して現実を無視したり、軽視したりしない。現実を…

2016年10月9日 礼拝説教 「平安をあなたに」

今朝も、礼拝におかえりなさい!この一週間もお疲れ様でした。この一週間、皆さまに平安がありましたか。ま…

月報 2016年10月号 「 収穫(実り) 」

今年も実りの秋がやって来ました。タイトルの「収穫(実り)」という言葉は、新約聖書だけでも何十回も使…

2016年10月2日 礼拝説教 「前のものに向かって」

あなたは、どの様な目標を持っておられますか。あるいは、これといった目標を持てないまま日々をお過ごし…

2016年9月25日 礼拝説教 「反対しない者は味方」

キリスト教には多様な教派があり、またその名による活動も多岐に亘ります。今日は、聖書が教える大原則が…

2016年9月18日 礼拝説教 「人の偉さは何で決まるか」

“人の大小”は何で決まるか。切実な問いです。そして、どんな“物差し”を持つかで、その人の人生が左右され…

2016年9月11日 礼拝説教 「曲がった時代を、真っ直ぐ生きる」

今日の聖書箇所には、イエスの受難預言が繰り返される最中で為された癒やしの奇跡と、非常に珍しいイエス…

月報 2016年9月号 「 聖書を読もう 」

みなさまが聖書を読もうとする時、どのような気持ちで聖書を開かれますか。是非とも、神がこの私に語りか…

2016年9月4日 礼拝説教 「栄光へと導く励まし」

今朝は、 ①神の御子イエスの祈りは、十字架に向けて真っ直ぐ進み行く為の備えでした ②この出来事は、父な…

月報 2016年8月号 「 快(こころよ)い聖書の読み方 」

家内から聞いた話ですが、ある介護施設では、『水戸黄門』のビデオが特に好まれ、高齢の方々が、じいっと…

月報 2016年7月号  「 暑い! 」

猛暑が始まってます。本格的酷暑を控え、今月は避暑がてら「暑」の言葉遊びをしてみましょう。 まず、聖…

月報 2016年6月号  「食べられるって、しあわせ」

イエス様は、「何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずら…うな」(マタイ6:25)、「人…

月報 2016年5月号 「ペンテコステに響いた音」

つい先日、調整・修理に出していた私たちの教会のオルガンが仕上がって戻ってきました。 ところで、パイプ…

月報 2016年4月号  「人と共に泣くということ」

「ああ、それならわたしは知っていました。先生が最初にお見えになったあの五月の太陽の輝く朝、涙ながら…

月報 2016年3月号 「 何を聞き、何を思うか 」

今、アメリカでは大統領選の候補者指名争いが繰り広げられ、舌戦の凄まじさには圧倒されます。この様な時…

月報 2016年2月号 「 人が集まるのは、集まることで互いに癒(いや)しあえるから 」

最近私が読んだ『失われた物語を求めて』(レイチェル・ナオミ・リーメン著)に次の様にありました。「人…

月報 2016年1月号 「 待ち望む 」

日本の正月の風習に、最近では廃(すた)れつつあるように感じますが、門松を飾ることがあります。「松」は…