2019年5月12日(日)聖日礼拝 「命を守るために ~救いに至る悲しみ」

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2019年5月12日(日)聖日礼拝 「命を守るために ~救いに至る悲しみ」

22:54 それから人々はイエスを捕え、ひっぱって大祭司の邸宅へつれて行った。ペテロは遠くからついて行った。
22:55 人々は中庭のまん中に火をたいて、一緒にすわっていたので、ペテロもその中にすわった。
22:56 すると、ある女中が、彼が火のそばにすわっているのを見、彼を見つめて、「この人もイエスと一緒にいました」と言った。
22:57 ペテロはそれを打ち消して、「わたしはその人を知らない」と言った。
22:58 しばらくして、ほかの人がペテロを見て言った、「あなたもあの仲間のひとりだ」。するとペテロは言った、「いや、それはちがう」。
22:59 約一時間たってから、またほかの者が言い張った、「たしかにこの人もイエスと一緒だった。この人もガリラヤ人なのだから」。
22:60 ペテロは言った、「あなたの言っていることは、わたしにわからない」。すると、彼がまだ言い終らぬうちに、たちまち、鶏が鳴いた。
22:61 主は振りむいてペテロを見つめられた。そのときペテロは、「きょう、鶏がなく前に、三度わたしを知らないと言うであろう」と言われた主のお言葉を思い出した。
22:62 そして外へ出て、激しく泣いた。
ルカによる福音書 22章54~62節

ペテロは、ペンテコステの説教で大勢の人々を悔い改めと救いへと導き、初代教会のリーダーの一人となった人物です。そのような彼ですら誘惑に負けて「救いに至る悲しみ」を経験しました。私たちも誘惑に遭い時には負けて深い悲しと悔いを残すことがあります。しかしそれは「救いに至る悲しみ」です。


1.誘惑が来た
ルカ22:31 シモン、シモン、見よ、サタンはあなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って許された。
このイエスの言葉通り、誘惑が弟子を代表するぺテロにやって来たのです。このことを聖書が記すのは、誘惑はぺテロ一人だけの問題ではなく、誘惑は私たち誰にでもやってくるからです。


2.誘惑に引きずり込まれた
彼はイエス・キリストの最初からの弟子です。最後の晩餐で、イエスがペテロのつまずきを予告された時も命を賭して従う決心を固めました。しかしペテロは逃げ去りました。
 22:54-55 それから人々はイエスを捕え、ひっぱって大祭司の邸宅へつれて行った。ペテロは遠くからついて行った。/人々は中庭のまん中に火をたいて、一緒にすわっていたので、ペテロもその中にすわった。
この時もうひとりの弟子(ヨハネ18:15、ヨハネと考えられている)」も一緒でした。
 22:56-58 すると、ある女中が、彼が火のそばにすわっているのを見、彼を見つめて、「この人もイエスと一緒にいました」と言った。/ペテロはそれを打ち消して、「わたしはその人を知らない」と言った。/しばらくして、ほかの人がペテロを見て言った、「あなたもあの仲間のひとりだ」。するとペテロは言った、「いや、それはちがう」。
それから
 22:59 約一時間たってから、またほかの者が言い張った、「たしかにこの人もイエスと一緒だった。この人もガリラヤ人なのだから」。
ペテロのガリラヤ訛り(なまり)で気付かれたようです。しかし、
 22:60 ペテロは言った、「あなたの言っていることは、わたしにわからない」。すると、彼がまだ言い終らぬうちに、たちまち、鶏が鳴いた。
マタイ26:74には、この時のペテロを「激しく誓いはじめた」と記しています。一度嘘をついて自分を偽ると、嘘の上塗りが始まり泥沼にはまり込みます。「あなたは神の子ですか」と問われて、「わたしはそれです」と答えるイエス・キリストとは対照的です。


3.イエスから遠ざかることに
イエスの弟子だと認めれば、ローマ皇帝への反逆者の仲間だと認めることになります。当時ガリラヤで捕らえられた反乱者たちが十字架上で公開処刑されたことをペテロも知っていたはずです。それでペテロはイエスから離れて“安全地帯”に逃げ込もうとしたのでしょう。しかし、
ヨハネ15:4-5 わたしにつながっていなさい。そうすれば、わたしはあなたがたとつながっていよう。枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがたもわたしにつながっていなければ実を結ぶことができない。/わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。
ペテロが取った行動は、この御言葉と正反対です。また、
ルカ 9:24-26 自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを救うであろう。/人が全世界をもうけても、自分自身を失いまたは損したら、なんの得になろうか。/わたしとわたしの言葉とを恥じる者に対しては、人の子もまた、自分の栄光と、父と聖なる御使との栄光のうちに現れて来るとき、その者を恥じるであろう。


4.注がれる神の眼差し
(1)イエス(神)の眼差し
信仰において自分を偽ると、本人が苦しいだけでなく、結果的に自分で自分を命の源であるキリストから遠ざけることになりがちです。ペテロもイエスの元から離れ去ろうとしました。しかし、その時です、
 22:61-62 主は振りむいてペテロを見つめられた。そのときペテロは、「きょう、鶏がなく前に、三度わたしを知らないと言うであろう」と言われた主のお言葉を思い出した。/そして外へ出て、激しく泣いた。
ペテロは、ただ、ただ、堰を切ったように号泣せずにおられなかったのでしょう。
一般に、この時ペテロを見つめられたイエスの眼差しについて、ペテロに「あわれみとゆるしを語りかけていた」(讃美歌243番2節参照)とか、「愛と慈しみの眼差し」、「叱責するような眼差し」とか言われています。
(2)イエスとペテロの視線が合ったのか?
それはそうとして、聖書は、主の目とペテロの目が合ったと言っているのでしょうか。
ペテロは、最初に女中から「この人もイエスと一緒にいました」と言われたとき、そこから出て行こうとしました(マタイ26:71)。そのペテロは更に人々に囲まれて「あなたもあの仲間のひとりだ」、「たしかにこの人もイエスと一緒だった。この人もガリラヤ人なのだから」と言われ、激しく否定しました。この間、ペテロの心中や表情はどんなだったか想像に難くないです。そのペテロがイエスと目を合わせ、主のまなざしに愛とゆるし、あるいは叱責を感じて感涙した、と考えるのは少々不自然です。
(3)主の“眼差し”
聖書が言っていることは、視線が合った事ではなく、イエスの眼差しがぺテロに注がれたと言うことです。誘惑に落ちてイエスから離れていこうとするペテロを、イエスの“眼差し”が引き止めたのです。では、その時ペテロに注がれた“眼差し”とはどんな眼差しでしょうか。聖書を何カ所か開いてみましょう。
①信仰がなくならぬよう祈ったイエスの眼差し
ルカ22:32 しかし、わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈った。それで、あなたが立ち直ったときには、兄弟たちを力づけてやりなさい」。
この「眼差し」がペテロに注がれたのです。
②失われた羊を探ね求める羊飼の眼差し
ルカ15:4 「あなたがたのうちに、百匹の羊を持っている者がいたとする。その一匹がいなくなったら、九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を見つけるまでは捜し歩かないであろうか。
今も私たちが魂の危機に瀕した時に私たちを探ね求め、正しい道へ引き戻して下さります。
③堕落して神の顔を避けた人類の始祖に向けられた眼差し
創世記3:8-9 彼らは、日の涼しい風の吹くころ、園の中に主なる神の歩まれる音を聞いた。そこで、人とその妻とは主なる神の顔を避けて、園の木の間に身を隠した。/主なる神は人に呼びかけて言われた、「あなたはどこにいるのか」。
自分自身の状態に気付かせ、本来あるべき状態へと連れ戻そうとされる神の眼差しです。
④試錬に喘ぐ者に報いる方の眼差し
旧約聖書のエズラ記に、バビロン捕囚から帰還した一握りのユダヤ人たちが神殿再建に取りかかった時、敵対する人々から様々な誘惑や妨害があったことが書かれています。基礎を据えたものの、あまりの妨害の激しさに、しばらく工事は中断しました。その時、預言者が立ち上がり、自分の家よりも神の家をまず建て直せと声をかけ再建を始めました。すると更に政治的な圧力と妨害が加えられましたが、
エズラ記5:5 しかしユダヤ人の長老たちの上には、神の目が注がれていたので、彼らはこれをやめさせることができず…
神殿の再建工事は完成したのです。イエスの弟子としての人生を全うできたペテロに注がれた主の眼差しは、こような「神の眼差し」だったのではないでしょうか。そして、この“眼差し”はペテロだけではなく、今も私たちにも注がれています。


5.私たちのさいわい
自分を偽り、他人をごまかしている時は今日のペテロのような状態です。神は私たちの羊飼として、私たちの命を守るために“神の眼差し”を注いで下さっています。その事に気づくなら、私たちはわれに返り、命に至る悔い改めへと導かれます。その時は悲しむこともあるかも知れませんが、それは命に至る悲しみです。イエスは子を溺愛する親のようにではなく、厳しさも愛もゆるしも一切を備えて最善を為して下さるお方です。

■この日の讃美歌
 24番「父のかみよ 夜は去りて」
 276番「ひかりとやみとの ゆきかうちまた」
 243番「ああ主のひとみ まなざしよ」

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2018年8月12日(日)聖日礼拝 「信仰があなたを救う」

18:42 …「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った」。 主イエスによる癒やしの奇跡は、イエス・…

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2018年7月1日(日) 聖日礼拝「イエスと幼子」

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2018年6月24日(日)聖日礼拝 「高ぶる者は低くされる」

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2018年6月17日(日)聖日礼拝 「私たちは失望しない」

「私たちは失望しない」です。どんな望みを失わないのか。終わりの日に於ける主イエスの再臨であり、完成…

月報 2018年6月号 「 その日、その時 」 

この「その日その時」とは、聖書の預言で唯一成就を待っているその日その時のことです。この日のことは、…

2018年6月10日(日) 聖日礼拝 「終末に備える」

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2018年6月3日(日)聖日礼拝 「神の国はいつ来るか」

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2018年5月27日(日) 聖日礼拝 「信仰があなたを救う」

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2018年5月6日(日)聖日礼拝 「人生を正すは聖書のみ」

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2018年4月22日(日)聖日礼拝 「神はあなたの心をご存じ」

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月報 2018年4月号 「 キリストがよみがえらされた如く、あなたも 」

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2018年4月15日(日)聖日礼拝 「真の富を任せられる人」

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2018年4月8日(日)聖日礼拝 「(あなたの)よみがえりの確かさ」

1.何を信じているか 信仰の対象の大切さ 自分が何を信じているか深く考えることはとても大事です。日本人…

2018年4月1日(日)聖日礼拝 「新たに生きる望み」

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2018年3月18日(日) 聖日礼拝 「命に至る終活」

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2018年3月11日(日)聖日礼拝 「一緒に喜ぼう」

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上座と下座とを峻別し自分の分を弁えた席に着くことは、その人自身の評価に繋がることです。 1.譬えのあ…

2018年1月28日(日) 聖日礼拝 「愛を割り引く身勝手」

1.導入 14:1-3 ある安息日のこと、食事をするために、あるパリサイ派のかしらの家にはいって行かれたが、…

2018年1月21日(日) 聖日礼拝 「キリストによる平和(2)」

今朝も、先週に引き続き今年の教会標語聖句、 3:15a キリストの平和が、あなたがたの心を支配するように…

月報 2018年1月号 「 信仰によって 」

今もなお多くの人に愛されている著名な説教者がこう書いています。 「『あなたの御言葉はなんですか』」と…

2018年01月14日(日) 聖日礼拝 「キリストによる平和」

1.「平和」への招き 3:15a キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。… 会員総会が礼…

2018年01月07日(日) 聖日礼拝 「あなたの道を行きなさい」

ダニエルの預言は、自分たちの拠り所エルサレム神殿すら破壊され、祖国からバビロンに連れ去られ、70年も…

2017年12月31日(日) 聖日礼拝「安らぎ喜びて」

先週まで賑わいだクリスマスは、寒風により何処かに吹き飛ばされてしまった感がしますが、聖書に記された…

2017年12月24日(日) 聖日礼拝「命の光輝くクリスマス」

導入 ~「言(ことば)」とは? 今日はクリスマス礼拝です。先週までクリスマスの情景が記された聖書からお…

2017年12月17日(日) 聖日礼拝「神の贈り物は喜び」

今日の聖書箇所は、クリスマスカードや降誕劇に頻繁に登場します。 この出来事が聖書に記されているのは何…

月報 2017年12月号 「 入ってきて下さい! 」

今は待降節、そしてクリスマスに続いて新年を迎えようとしています。詩篇24篇は、この様な時期に相応し…

2017年12月10日(日) 聖日礼拝「高き天より私は来た」

はじめに 先週は、マリヤが御使いからの受胎告知と親戚のエリザベツから祝福を受けて、マリヤが、 ルカ1:4…

2017年12月3日(日) 聖日礼拝「私を心に掛けて下さる神」

12月となりクリスマスを迎えようとしています。 1:46 するとマリヤは言った、「わたしの魂は主をあがめ、…

2017年11月26日(日) 聖日礼拝 「驚くべき愛と寛容」

今日の聖書箇所では、日本語訳では表面に出ていませんが、頻繁に使われているキーワードが一つあります。…

2017年11月19日(日)聖日礼拝「我ここに立つ」

「私の良心は神の言葉に捉えられております。私の誤りが神の言葉によって指摘されない限り、私は何一つ撤…

月報 2017年11月号 「 収穫に感謝して 」

暦の上では立冬が過ぎ、多くの人々がカボチャなどに仮装して楽しんでいたハロウィンは、余韻など跡形もな…

2017年11月12日(日) 聖日礼拝 「狭い戸口から入れ」

導入 13:23 すると、ある人がイエスに、「主よ、救われる人は少ないのですか」と尋ねた。 このイエスへの…

2017年11月5日(日) 聖日礼拝 「神の国のたとえ」

13:18 そこで言われた、「神の国は何に似ているか。またそれを何にたとえようか。 “そこで言われた”との…

2017年10月29日(日) 聖日礼拝 「神はわれらの避け所」 讃美歌で歌われる福音(4)

46:1 神はわれらの避け所また力である。悩める時のいと近き助けである。 今日は宗教改革500年を記念する…

2017年10月22日(日) 聖日礼拝 「奇跡はなんのために?」

今朝は、予定を変更して、「奇跡はなんのために?」と題してマルコ6章30-44節から福音に聞くことにします。…

2017年10月15日(日) 修養会主題講演 「輝く明けの明星」 讃美歌で歌われる福音(3)

今年は宗教改革500年記念の年ですので、今月の礼拝では、宗教改革当時に誕生した讃美歌から一曲を歌い、説…

2017年10月15日(日) 聖日礼拝 「目覚めよと呼ぶ声す」 讃美歌で歌われる福音(2)

今年は宗教改革500年記念の年ですので、今月の礼拝では、宗教改革当時に誕生した讃美歌から一曲を歌い、説…

月報 2017年10月号 「 信仰による義人は生きる(2) 」~ 宗教改革500年記念礼拝を控えて ~

月報9月号でお話ししたように、修道士ルターは苦悶の末に「信仰による義人は生きる」というローマ1章17…

2017年10月8日(日) 聖日礼拝 「深き悩みの淵より」 讃美歌で歌われる福音(1)

今年は宗教改革500年記念の年ですので、今月の礼拝では、宗教改革当時に誕生した讃美歌から一曲を歌い、説…

2017年10月1日(日)聖日礼拝「信仰か律法か」

救いは信仰によるのか、それとも律法の行いによるのか。パウロはガラテヤの教会に吹き荒れる律法主義・ユ…

2017年9月24日(日) 聖日礼拝 「解放の時は、今」

導入 私たちの祖国の内実や日本を取り巻く世界の状況を見ていると、私たち一人ひとりが、自分の力では抗え…

2017年9月17日(日) 聖日礼拝 「悔い改めのチャンス (2)」

1.導入 このたとえ話に登場する果樹園の主人は、ぶどう園にいちじくの木を植えて3年で実を結ばないと切り…

2017年9月10日(日) 聖日礼拝 「悔い改めのチャンス」

私たちには、口に出すことはせずとも心の底に潜む、ある考え方があるのではないでしょうか。それは、「普…

月報 2017年9月号 「 信仰による義人は生きる(1)」 ~ 宗教改革500年記念礼拝を控えて

☆福音が凝縮されたローマ1章17節 福音がこの17節に凝縮されていると言っても過言ではありません。この1…

2017年9月3日(日) 聖日礼拝 「口に甘く腹に苦い?」

1.導入 月報8月号にも書きましたが、2017年8月1日の朝日新聞に、「扇風機、寝具、正露丸…猛暑のりきるグッ…

2017年8月27日(日) 聖日礼拝 「今の時代を見分けなさい」

今日でルカ12章を終えます。今日の聖書箇所後半の「和解の勧めの譬え」は、前半の「今の時代を見分ける」…

2017年8月20日(日) 聖日礼拝 「“火”は燃えているか」

72年前、広島と長崎への原爆投下、そして終戦を迎えたこの時期、私たちは平和への思いを一層かき立てられ…

2017年8月13日(日)聖日礼拝 「救いの確信」

「テサロニケ人への第2の手紙」の第2章13節~17節の御言です。 短い御言葉の中に、信仰へと至る道筋、救い…

月報 2017年8月号 「 猛暑をのりきる! 」

2017年8月1日の朝日新聞に、「扇風機、寝具、正露丸…猛暑のりきるグッズ人気」という見出しの記事があり…

2017年8月6日(日) 聖日礼拝 「賢い人とは誰か」

前回は、主イエスの再臨という、確かな約束を不断の備えをして待つことの幸いを聖書から学びました。さて…

2017年7月30日(日)聖日礼拝「信仰による義」

ペテロがアンテオケに来た時に、ユダヤ人キリスト者達に迎合して異邦人キリスト者達と距離を取ったことは…

2017年7月23日(日) 聖日礼拝 「目をさましていなさい」

導入 12:37 主人が帰ってきたとき、目を覚しているのを見られる僕たちは、さいわいである。よく言ってお…

2017年7月16日(日) 聖日礼拝 「恐れるな、小さい群れよ」

導入 12:32 恐れるな、小さい群れよ。御国を下さることは、あなたがたの父のみこころなのである。 イエス…

2017年7月9日(日) 聖日礼拝 「ただ御国を求めよ」

12:22 それから弟子たちに言われた、「それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようかと、命のこと…

月報 2017年7月号 「 賢かったが愚かだった男 」

主イエスは、「たといたくさんの物を持っていても、人のいのちは、持ち物にはよらない」と言われた後、そ…

2017年7月2日(日) 聖日礼拝 「人の命は財産によらず…」

今回は、“愚かな金持の農夫のたとえ”として良く知られている箇所でが、(1)「この世を去る時は生まれた時の…

2017年6月25日(日) 聖日礼拝 「自分の信じるところを」(2)

導入 今日の聖書箇所は、「自分の信じるところ」を堂々と生きなさいと私たちを励まします。 12:11 あなた…

2017年6月18日(日) 聖日礼拝 「自分の信じるところを」

前回は、1~7節より、困難の中で信仰を守り抜く心構えとして、人を恐れず神を恐れるべき事を学びました。 …

2017年6月11日(日) 聖日礼拝 「恐れと平安」

1.導入  12:4 そこでわたしの友であるあなたがたに言うが、からだを殺しても、そのあとでそれ以上なにも…

月報 2017年6月号 説教 「 聖書に“雨”を訪ねて 」

梅雨に入った今月は、「雨」をキーワードにして聖書を探訪してみました。 (1)雨を降らせるのは「私だ」 「…

2017年6月4日(日) 聖日礼拝 「キリストの教会の誕生」(2)

今日はペンテコステ(聖霊降臨)記念礼拝をしています。キリスト教会の誕生日でもあります。それゆえペンテ…

2017年5月28日(日) 聖日礼拝 「キリストの教会の誕生」(1)

来週は、キリストの教会の誕生日ペンテコステ(聖霊降臨)を記念する礼拝です。今日は、このことが預言され…

2017年05月21日(日) 聖日礼拝 「負い切れない重荷をおろそう」(2)

はじめに 今朝の聖書箇所にも一つの出来事が記されています。それを学んで私たちはどうしようと言うのでし…

2017年5月14日(日) 聖日礼拝 「負い切れない重荷をおろそう」

今日の御言葉は、ある人に食事に招かれた時、イエス様が、食前の清めの儀式を守らなかったことが発端とな…

月報 2017年5月号 「 喜びは、まず、深い悲しみから 」 ~ 聖霊降臨日(ペンテコステ)を控えて ~

主イエスが言われた「エルサレムから離れないで、かねてわたしから聞いていた父の約束を待っているがよい…

2017年5月7日(日) 聖日礼拝 「清くすべきは内実」(2)

新約聖書には、ユダヤ教パリサイ派の人々に対するイエスの嘆きと戒めとが多く出て来ます。イエスは、パリ…

2017年4月30日(日) 聖日礼拝 「清くすべきは内実」(1)

1.頻繁に登場するパリサイ人 今日の37節からは、当時の宗教的指導者のパリサイ人、律法学者たちの偽善に対…

2017年4月23日(日) 聖日礼拝 「キリストは確かによみがえられた」(2)

先週は12-19節から、コリント教会の「ある人々」が主張した「もし死人の復活がないならば」との誤った仮定…

2017年4月16日(日) イースター記念礼拝 「キリストは確かによみがえられた」

序.キリスト教宣教は、「キリストは確かによみがえられた」と言うこと 今日は、私たちの救い主イエス・キ…

2017年4月9日(日) 聖日礼拝 「内なる光をあなたに」

1.「あかり」の大切さ 私たちは、「あかり」があるので日常生活を送れます。ところが、目が悪くなり「あか…

月報 2017年4月号 「 私たちへのしるし 」

神は恵みによって、イエスは救い主であることを信じられるように、人知を超えた「しるし」を与えて下さ…

2017年4月2日(日) 聖日礼拝 「救いは信仰から」

1.はじめに 救いは信仰からです。また信仰とは、御言葉に聞くことから始まります。 では、御言葉に聴くと…

2017年3月26日(日)聖日礼拝 「畏れるべきは神のみ」

人が義とされるのは信仰によってのみである、それがパウロの主張するところであった。パウロは神からその…

2017年3月19日(日) 聖日礼拝 「聖書の言葉を聞ける人は幸い」

  

2017年3月12日(日) 聖日礼拝 「うつろな魂の危うさ」

イエス・キリストが約2000年前にこの世界に来て下さったことにより、霊的に表現するなら「悪しき諸霊力が…

月報 2017年3月号 「 “十戒”の映画を覚えておられますか 」

 ルカ11章20節の「神の指」とは聖書でも珍しい表現ですが、神の御業の類い無き素晴らしさを私たちの記憶…

2017年3月5日(日) 聖日礼拝 「悪しき力からの救い」

ルカ11:20 しかし、わたしが神の指によって悪霊を追い出しているのなら、神の国はすでにあなたがたのとこ…

2017年2月26日(日) 聖日礼拝 「求めなさい、そうすれば与えられる」

ルカ11:9 そこでわたしはあなたがたに言う。求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば見…

2017年2月19日(日) 聖日礼拝 「まごころと信頼」

ただいま長老任職・就職式が執り行われましたが、そこで読まれた聖書にこうありました。 5:1 そこで、あ…

月報 2017年2月号 「 愛は、おおう 」

 聖書には、何故こんな事が書かれているのだろう?!と思わせられる記事が沢山あります。その一つがこの出…

2017年2月12日(日) 聖日礼拝「祈りを聞いて下さる神」

今日の譬え話は、神は私たちの祈りを聞いて下さる方である事を教えながら、前回までの主の祈りと、9節以下…

2017年2月5日(日) 聖日礼拝「祈る時は、こう祈りなさい (3)」

キリスト者に限らず多くの人々が切々とまごころから祈ることをします。 しかし、単にまごころから出さえす…

2017年1月29日(日) 聖日礼拝「異邦人に遣わされるパウロ」

この書はガラテヤの教会に入り込んだ誤った教えに対してパウロが反論し、正しい福音に立ち返るよう迫る文…

月報 2017年1月号 「 恐れるな、わたしはあなたをあがなった 」

この、希望と平和を約束するメッセージは、今年の教会標語聖句です。 ■「恐れるな」 この言葉は、救い主…

2017年1月22日(日) 聖日礼拝 「恐れるな」

43:1 …「恐れるな、わたしはあなたをあがなった。わたしはあなたの名を呼んだ、あなたはわたしのものだ。…

2017年1月15日(日) 聖日礼拝 「祈る時は、こう祈りなさい」(2)

イエス様が教えてくださった〝主の祈り″の前半を先週学びました。今日は、私たちの日常生活に関わる祈りの…

2017年1月8日(日) 聖日礼拝 「祈る時は、こう祈りなさい」

主の祈りは、世界中のキリスト者と教会で、それぞれの国の言語、民族の言葉で祈られています。主の祈りは…

2017年1月1日(日) 新年礼拝 「人が生きる第一の目的」

1.導入  年初、多くの人々が、初詣に行きます。そこには、受験生、婚活・就活、商人、政治家...様々な立…

2016年12月25日(日) クリスマス記念礼拝 「“故郷”に帰る時、クリスマス」

クリスマスはイエス・キリストの降誕を記念して祝う祝日です。その出来事が聖書に次の様に記されています…

2016年12月18日(日) 聖日礼拝 「驚き、そして喜ぶ」

1.祖国日本のクリスマス クリスマスが年中行事になったのは、救い主降誕から何百年も後になってからのこと…

月報 2016年12月号 「 クリスマスの“買い物” 」

クリスマスが近づくと、私たちはクリスマスに備えて色々な買い物をします。この機会に、主イエスが私たち…

2016年12月11日(日) 聖日礼拝 「闇に輝き出た光」

1. クリスマスに私どもが忘れることのできない美しい情景を、今日から3週続けますが、最初の今日は、「ベ…

2016年12月4日(日) 聖日礼拝 「救いが現れた」

1.「救いが現れた」 クリスマス、私たちはどんなものを見て、どんなもので満されたいか、思ってみたことが…

2016年11月27日(日) 聖日礼拝 「なくてはならぬもの」

ルカ10:42 しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。マリヤはその良い方を選んだの…

2016年11月20日(日) 聖日礼拝 「愛されることを知る」

1.今日の主題 今日の聖書箇所は、隣人愛を教える「良きサマリヤ人の譬」として知られています。しかし、…

月報 2016年11月号 「人のおもな目的 」

多くのプロテスタント教会が信仰教育に用いてきた書物に、ウェストミンスター小教理問答があります。宗教…

2016年11月13日(日) 聖日礼拝 「喜びにあふれて」

10:21a そのとき、イエスは聖霊によって喜びあふれて言われた、「天地の主なる父よ。あなたをほめたたえま…

2016年11月6日(日) 聖日礼拝 「最も大きな喜び」

今日の箇所は、福音宣教から帰ってきた72人もの弟子たちが、輝かしい成功に大喜びしているところから始ま…

2016年10月30日(日) 聖日礼拝 「義認の恵み」

「義認」とは神さまから「あなたは正しい」と認めていただくことです。罪人(つみびと)である私たちが、ど…

2016年10月23日 礼拝説教 「あなたが救われるよう願う」

しかし、どの町へはいっても、人々があなたがたを迎えない場合には、大通りに出て行って言いなさい、『わ…

2016年10月16日(日) 聖日礼拝 ならびに 第47回 住吉教会修養会

礼拝に引き続いて、修養会を下記の通り行いました。 日時場所 2015年10月18日(日) 礼拝後~午後三時頃、 …

2016年10月16日 礼拝説教 「人生を満たすための知恵、聖書」

招き 聖書について次の様に言われています。 「聖書は決して現実を無視したり、軽視したりしない。現実を…

2016年10月9日 礼拝説教 「平安をあなたに」

今朝も、礼拝におかえりなさい!この一週間もお疲れ様でした。この一週間、皆さまに平安がありましたか。ま…

月報 2016年10月号 「 収穫(実り) 」

今年も実りの秋がやって来ました。タイトルの「収穫(実り)」という言葉は、新約聖書だけでも何十回も使…

2016年10月2日 礼拝説教 「前のものに向かって」

あなたは、どの様な目標を持っておられますか。あるいは、これといった目標を持てないまま日々をお過ごし…

2016年9月25日 礼拝説教 「反対しない者は味方」

キリスト教には多様な教派があり、またその名による活動も多岐に亘ります。今日は、聖書が教える大原則が…

2016年9月18日 礼拝説教 「人の偉さは何で決まるか」

“人の大小”は何で決まるか。切実な問いです。そして、どんな“物差し”を持つかで、その人の人生が左右され…

2016年9月11日 礼拝説教 「曲がった時代を、真っ直ぐ生きる」

今日の聖書箇所には、イエスの受難預言が繰り返される最中で為された癒やしの奇跡と、非常に珍しいイエス…

月報 2016年9月号 「 聖書を読もう 」

みなさまが聖書を読もうとする時、どのような気持ちで聖書を開かれますか。是非とも、神がこの私に語りか…

2016年9月4日 礼拝説教 「栄光へと導く励まし」

今朝は、 ①神の御子イエスの祈りは、十字架に向けて真っ直ぐ進み行く為の備えでした ②この出来事は、父な…

月報 2016年8月号 「 快(こころよ)い聖書の読み方 」

家内から聞いた話ですが、ある介護施設では、『水戸黄門』のビデオが特に好まれ、高齢の方々が、じいっと…

月報 2016年7月号  「 暑い! 」

猛暑が始まってます。本格的酷暑を控え、今月は避暑がてら「暑」の言葉遊びをしてみましょう。 まず、聖…

月報 2016年6月号  「食べられるって、しあわせ」

イエス様は、「何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずら…うな」(マタイ6:25)、「人…

月報 2016年5月号 「ペンテコステに響いた音」

つい先日、調整・修理に出していた私たちの教会のオルガンが仕上がって戻ってきました。 ところで、パイプ…

月報 2016年4月号  「人と共に泣くということ」

「ああ、それならわたしは知っていました。先生が最初にお見えになったあの五月の太陽の輝く朝、涙ながら…

月報 2016年3月号 「 何を聞き、何を思うか 」

今、アメリカでは大統領選の候補者指名争いが繰り広げられ、舌戦の凄まじさには圧倒されます。この様な時…

月報 2016年2月号 「 人が集まるのは、集まることで互いに癒(いや)しあえるから 」

最近私が読んだ『失われた物語を求めて』(レイチェル・ナオミ・リーメン著)に次の様にありました。「人…

月報 2016年1月号 「 待ち望む 」

日本の正月の風習に、最近では廃(すた)れつつあるように感じますが、門松を飾ることがあります。「松」は…