2019年2月10日(日) 聖日礼拝 「神の国は近い」

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2019年2月10日(日) 聖日礼拝 「神の国は近い」

21:29 それから一つの譬を話された、「いちじくの木を、またすべての木を見なさい。
21:30 はや芽を出せば、あなたがたはそれを見て、夏がすでに近いと、自分で気づくのである。
21:31 このようにあなたがたも、これらの事が起るのを見たなら、神の国が近いのだとさとりなさい。
21:32 よく聞いておきなさい。これらの事が、ことごとく起るまでは、この時代は滅びることがない。
21:33 天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は決して滅びることがない。
ルカによる福音書 21章29~33節

ルカ21章では、“終わり”に関するイエスの説教が続いてますが、今回と次回で一区切りになります。
先週は、世の終わりとは、「万物更新の時」という出来事であり、物を燃やすと灰になる如く世界が消滅してしまうことではないと学びました。
私たちには保守的傾向があり、“日常”の繰り返しが続いくと、良きにつけ悪しきにつけ、それがずうっと続くかのように錯覚しがちです。そして、「世の終わり」を予告するイエスの教えを、おとぎ話や絵空事(ありもしない作り話)であるかのように聞き流しがちです。今回の箇所は、「世の終わり」に関するイエスの言葉をどの様な態度で聞くべきか教えられます。


1.神の国は近いことは、誰でも気づくはず
「夏がすでに近い」
 21:29-30 それから一つの譬を話された、「いちじくの木を、またすべての木を見なさい。/はや芽を出せば、あなたがたはそれを見て、夏がすでに近いと、自分で気づくのである。
日本には、“冬来たりなば春遠からじ”ということわざがあります。人生の巡り合わせを季節の移り変わりにたとえています。今日の聖書箇所では、イエスは、“春が来たら次は夏だと誰でも分かっている”と言われました。
この「夏」と訳された言葉は、本来は「麦を刈り入れる季節」という言葉で、聖書では「終わり」の譬えにも用いられます。例を挙げれば、預言者ダニエルを通して語られたバビロン滅亡の預言です。
ダニエル2:35 こうして鉄と、粘土と、青銅と、銀と、金とはみな共に砕けて、夏の打ち場のもみがらのようになり、風に吹き払われて、あとかたもなくなりました。ところがその像を撃った石は、大きな山となって全地に満ちました。
この御言葉の通り、バビロンは紀元前6世紀に滅びました。
もうひとつ、預言者アモスを通して語られたエルサレム滅亡の預言です。
アモス8:1-2 主なる神は、このようにわたしに示された。見よ、ひとかごの夏のくだものがある。/主は言われた、「アモスよ、あなたは何を見るか」。わたしは「ひとかごの夏のくだもの」と答えた。すると主はわたしに言われた、「わが民イスラエルの終りがきた。わたしは再び彼らを見過ごしにしない。
事実、エルサレムは、21章に記されたイエスの言葉から40年ほど後に滅びました。
このように、聖書で「夏を迎える」と言われるとき、如何に個人的また国家的に繁栄しても、神は罪深いものを最終的に裁くことを告げているのです。
ですから今日の聖書箇所でイエスは、「夏がすでに近い」と言われることで、エルサレムの滅亡とその先にあるこの世の滅亡が近いこと、これを悟りなさいと教えておられるのです。
そして、その「近い」とは、時間的な遠い近いではなく、確実であることの表現ですが、後ほどお話しします。


2.だがこの世の人々は無関心である
ところでイエスが、別の聖書箇所で「夏がすでに近い」ことを教えられた時、次のように言われました。
ルカ12:54-56 イエスはまた群衆に対しても言われた、「あなたがたは、雲が西に起るのを見るとすぐ、にわか雨がやって来る、と言う。果してそのとおりになる。/それから南風が吹くと、暑くなるだろう、と言う。果してそのとおりになる。/偽善者よ、あなたがたは天地の模様を見分けることを知りながら、どうして今の時代を見分けることができないのか。
「偽善者よ」と非常に厳しい言葉で叱責しています。なぜなら彼らは「今の時」を見分ける術を持っており、日常生活のことには敏感です。しかし、罪深い自分たちの生活や国家にとって「今の時」はどんな時なのか、と告げる聖書の言葉には無関心なままでいるからです。
【余談】になりますが、「この世の終わり」について、世間ではどのくらい関心を持っているんだろうと思い、「この世の終わり」をキーワードにしてネット検索してみました。すると、約18,000,000件ヒットしました。もちろんその内容は玉石混淆だと思いますが。
次に、この数字はどの程度の関心度を現すのだろうと思い、比較のために「終活」をキーワードにして検索してみました。すると約36,000,000件、「この世の終わり」の二倍もありました。さらに「健康長寿」で検索すると約 21,000,000件、「この世の終わり」に近い数字でした。こうしてみると「この世の終わり」については「健康長寿」と同じくらいの関心を持たれているんです。自分の人生の終わり方「終活」への関心度は更に高いことが判ります。徹底的に無神論的な人であっても、自分の人生ばかりか、この世界に始まりがあったなら、それはいつか終わるということは、皆さん思い巡らしておらるのでしょう。自然環境保護に携わる方々は、狭い地球の環境や資源を考えても、いったいいつまで世界が続くだろうと懸念しておられます。ましてや、いろんな宗教を信じている方々は、それぞれの宗旨で「終わり」について教えられ、それぞれの終わりに対する信仰を持っておられると思います。ですから、〝この世の終わりがある″と信じることは決しておかしくないです。


3.神の国が近いと悟りなさい
イエスは言われました。
21:31 このようにあなたがたも、これらの事が起るのを見たなら、神の国が近いのだとさとりなさい。
ここには、今日のメッセージの中で一番大切なことが言われています。二つに整理してお話しします。
(1)「これらの事」
「これらの事」とは、専ら21章でイエスが話された「終わりのしるし」です。そして、エルサレムに関する「これらの事」は全て預言通りになりました。しかもその後の世界の歴史はイエスが予告された通りだと同意せざるを得ない状況です。要するに、現代の私たちは、「これらの事が起るのを」見たのです。ですから「神の国は近いのだと悟りなさい」なのです。
(2)「近い」
ところで、イエスが「近い」と言われてから凡そ2000年が経過しており、「近くなんかないじゃないか」と思われるかもしれません。が、この「近い」とは「確実だ」とも翻訳される(リビングバイブル参照)言葉なのです。32節以下では、その確実さが教えられます。


4.神の国は確実だ
21:32 よく聞いておきなさい。これらの事が、ことごとく起るまでは、この時代は滅びることがない。
21:33 天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は決して滅びることがない。
(1)「滅びる」とは天地は「過ぎ去る」「移り行く」こと
ここで「滅びる」と訳された言葉が使われ、その言葉の意味を良く理解できる聖書箇所を二箇所開きます。
マルコ14:35 そして少し進んで行き、地にひれ伏し、もしできることなら、この時を過ぎ去らせてくださるようにと祈りつづけ、そして言われた、
「滅びる」とは「過ぎ去る」ことです。もう一箇所、
黙示録21:1-4 わたしはまた、新しい天と新しい地とを見た。先の天と地とは消え去り、海もなくなってしまった。/また、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意をととのえて、神のもとを出て、天から下って来るのを見た。/また、御座から大きな声が叫ぶのを聞いた、「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、/人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。
この様に、「この世の終わり」とは、何かを燃やすと灰になってしまう様にこの世がなることを言ってません。むしろ、試煉や困難を耐え忍び続けている人々にとっては、今の状態が「滅びる」すなわち「過ぎ去る」とのイエスの約束は、大きな慰め希望の源です。
(2)確実さの根拠
21:33 天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は決して滅びることがない。
「わたしの言葉」とは福音書に記されたイエスの言葉だけではなく、聖書全体の御言葉です。これが「決して滅びない、移り行くことはない」とあります。
今の時代であれ、新しい天と新しい地に更新された後も、イエスの御教えは永遠に有効で不変です。なぜか、どういう根拠でそう言えるのか、そのあたりを知りたくなるのが人情です。しかし、その根拠を何も言わず、一方的に「わたしの言葉は決して滅びることがない」と断言する言い方。これは、旧約聖書で主であられる神が何度も使われる言い回しです。なぜ主の御言葉はとこしえだと言えるのか、説明も何も無いですが、天地万物を創造し統べ治められる神御自身から出る御言葉だからです。
詩篇102篇をお読みします。
詩篇102:23 主はわたしの力を中途でくじき、わたしのよわいを短くされました。/わたしは言いました、「わが神よ、どうか、わたしのよわいの半ばでわたしを取り去らないでください。あなたのよわいはよろず代に及びます」と。/あなたはいにしえ、地の基をすえられました。天もまたあなたのみ手のわざです。/これらは滅びるでしょう。しかしあなたは長らえられます。これらはみな衣のように古びるでしょう。あなたがこれらを上着のように替えられると、これらは過ぎ去ります。/しかしあなたは変ることなく、あなたのよわいは終ることがありません。
ここでは、三段階で比較されています。「人間の営み」「生涯」ばかりか神の御手の業である「大地」や「天」ですら移りゆきます。しかし神御自身はよろず代に及び永遠です。イエスは、
21:33 …わたしの言葉は決して滅びることがない。
まさしく「わたしの言葉」は、天地万物を統べ治める神の言葉であると明言されたのです。


5.神の国は近い、確実なことへの信仰
誰も世の終わりを見た人はいません。ですから誰しもが皆何かを信じる他ありません。
ここで、確かなものを信じる人生と、移り変わりゆくものに寄りかかる人生とでは大変な違いが生じます。私たちは、混沌とした世の中にあって、最も確かな聖書の言葉に基く信仰を与えられています。この世の終わりの「近さ」「確実さ」を知る者として、私たちは目を覚まし、困難にあっても永遠に続くかのように絶望しないで忍耐し、主に依り頼み、慰めと希望と平安の内に日々を過ごしましょう。

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月報 2018年2月号 「 凍える寒さを知る人 」

冒頭から私事で恐縮ですが、居室から廊下に出ると気温は氷点下、せいぜい5℃の日が長く続きました。給湯…

2018年2月11日(日) 聖日礼拝 「まことのおもてなし」

「お・も・て・な・し」、素敵な言葉です。2013年9月のIOC総会で、東京にオリンピックを招致するアンバサ…

2018年2月4日(日) 聖日礼拝 「まことの謙遜」

上座と下座とを峻別し自分の分を弁えた席に着くことは、その人自身の評価に繋がることです。 1.譬えのあ…

2018年1月28日(日) 聖日礼拝 「愛を割り引く身勝手」

1.導入 14:1-3 ある安息日のこと、食事をするために、あるパリサイ派のかしらの家にはいって行かれたが、…

2018年1月21日(日) 聖日礼拝 「キリストによる平和(2)」

今朝も、先週に引き続き今年の教会標語聖句、 3:15a キリストの平和が、あなたがたの心を支配するように…

月報 2018年1月号 「 信仰によって 」

今もなお多くの人に愛されている著名な説教者がこう書いています。 「『あなたの御言葉はなんですか』」と…

2018年01月14日(日) 聖日礼拝 「キリストによる平和」

1.「平和」への招き 3:15a キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。… 会員総会が礼…

2018年01月07日(日) 聖日礼拝 「あなたの道を行きなさい」

ダニエルの預言は、自分たちの拠り所エルサレム神殿すら破壊され、祖国からバビロンに連れ去られ、70年も…

2017年12月31日(日) 聖日礼拝「安らぎ喜びて」

先週まで賑わいだクリスマスは、寒風により何処かに吹き飛ばされてしまった感がしますが、聖書に記された…

2017年12月24日(日) 聖日礼拝「命の光輝くクリスマス」

導入 ~「言(ことば)」とは? 今日はクリスマス礼拝です。先週までクリスマスの情景が記された聖書からお…

2017年12月17日(日) 聖日礼拝「神の贈り物は喜び」

今日の聖書箇所は、クリスマスカードや降誕劇に頻繁に登場します。 この出来事が聖書に記されているのは何…

月報 2017年12月号 「 入ってきて下さい! 」

今は待降節、そしてクリスマスに続いて新年を迎えようとしています。詩篇24篇は、この様な時期に相応し…

2017年12月10日(日) 聖日礼拝「高き天より私は来た」

はじめに 先週は、マリヤが御使いからの受胎告知と親戚のエリザベツから祝福を受けて、マリヤが、 ルカ1:4…

2017年12月3日(日) 聖日礼拝「私を心に掛けて下さる神」

12月となりクリスマスを迎えようとしています。 1:46 するとマリヤは言った、「わたしの魂は主をあがめ、…

2017年11月26日(日) 聖日礼拝 「驚くべき愛と寛容」

今日の聖書箇所では、日本語訳では表面に出ていませんが、頻繁に使われているキーワードが一つあります。…

2017年11月19日(日)聖日礼拝「我ここに立つ」

「私の良心は神の言葉に捉えられております。私の誤りが神の言葉によって指摘されない限り、私は何一つ撤…

月報 2017年11月号 「 収穫に感謝して 」

暦の上では立冬が過ぎ、多くの人々がカボチャなどに仮装して楽しんでいたハロウィンは、余韻など跡形もな…

2017年11月12日(日) 聖日礼拝 「狭い戸口から入れ」

導入 13:23 すると、ある人がイエスに、「主よ、救われる人は少ないのですか」と尋ねた。 このイエスへの…

2017年11月5日(日) 聖日礼拝 「神の国のたとえ」

13:18 そこで言われた、「神の国は何に似ているか。またそれを何にたとえようか。 “そこで言われた”との…

2017年10月29日(日) 聖日礼拝 「神はわれらの避け所」 讃美歌で歌われる福音(4)

46:1 神はわれらの避け所また力である。悩める時のいと近き助けである。 今日は宗教改革500年を記念する…

2017年10月22日(日) 聖日礼拝 「奇跡はなんのために?」

今朝は、予定を変更して、「奇跡はなんのために?」と題してマルコ6章30-44節から福音に聞くことにします。…

2017年10月15日(日) 修養会主題講演 「輝く明けの明星」 讃美歌で歌われる福音(3)

今年は宗教改革500年記念の年ですので、今月の礼拝では、宗教改革当時に誕生した讃美歌から一曲を歌い、説…

2017年10月15日(日) 聖日礼拝 「目覚めよと呼ぶ声す」 讃美歌で歌われる福音(2)

今年は宗教改革500年記念の年ですので、今月の礼拝では、宗教改革当時に誕生した讃美歌から一曲を歌い、説…

月報 2017年10月号 「 信仰による義人は生きる(2) 」~ 宗教改革500年記念礼拝を控えて ~

月報9月号でお話ししたように、修道士ルターは苦悶の末に「信仰による義人は生きる」というローマ1章17…

2017年10月8日(日) 聖日礼拝 「深き悩みの淵より」 讃美歌で歌われる福音(1)

今年は宗教改革500年記念の年ですので、今月の礼拝では、宗教改革当時に誕生した讃美歌から一曲を歌い、説…

2017年10月1日(日)聖日礼拝「信仰か律法か」

救いは信仰によるのか、それとも律法の行いによるのか。パウロはガラテヤの教会に吹き荒れる律法主義・ユ…

2017年9月24日(日) 聖日礼拝 「解放の時は、今」

導入 私たちの祖国の内実や日本を取り巻く世界の状況を見ていると、私たち一人ひとりが、自分の力では抗え…

2017年9月17日(日) 聖日礼拝 「悔い改めのチャンス (2)」

1.導入 このたとえ話に登場する果樹園の主人は、ぶどう園にいちじくの木を植えて3年で実を結ばないと切り…

2017年9月10日(日) 聖日礼拝 「悔い改めのチャンス」

私たちには、口に出すことはせずとも心の底に潜む、ある考え方があるのではないでしょうか。それは、「普…

月報 2017年9月号 「 信仰による義人は生きる(1)」 ~ 宗教改革500年記念礼拝を控えて

☆福音が凝縮されたローマ1章17節 福音がこの17節に凝縮されていると言っても過言ではありません。この1…

2017年9月3日(日) 聖日礼拝 「口に甘く腹に苦い?」

1.導入 月報8月号にも書きましたが、2017年8月1日の朝日新聞に、「扇風機、寝具、正露丸…猛暑のりきるグッ…

2017年8月27日(日) 聖日礼拝 「今の時代を見分けなさい」

今日でルカ12章を終えます。今日の聖書箇所後半の「和解の勧めの譬え」は、前半の「今の時代を見分ける」…

2017年8月20日(日) 聖日礼拝 「“火”は燃えているか」

72年前、広島と長崎への原爆投下、そして終戦を迎えたこの時期、私たちは平和への思いを一層かき立てられ…

2017年8月13日(日)聖日礼拝 「救いの確信」

「テサロニケ人への第2の手紙」の第2章13節~17節の御言です。 短い御言葉の中に、信仰へと至る道筋、救い…

月報 2017年8月号 「 猛暑をのりきる! 」

2017年8月1日の朝日新聞に、「扇風機、寝具、正露丸…猛暑のりきるグッズ人気」という見出しの記事があり…

2017年8月6日(日) 聖日礼拝 「賢い人とは誰か」

前回は、主イエスの再臨という、確かな約束を不断の備えをして待つことの幸いを聖書から学びました。さて…

2017年7月30日(日)聖日礼拝「信仰による義」

ペテロがアンテオケに来た時に、ユダヤ人キリスト者達に迎合して異邦人キリスト者達と距離を取ったことは…

2017年7月23日(日) 聖日礼拝 「目をさましていなさい」

導入 12:37 主人が帰ってきたとき、目を覚しているのを見られる僕たちは、さいわいである。よく言ってお…

2017年7月16日(日) 聖日礼拝 「恐れるな、小さい群れよ」

導入 12:32 恐れるな、小さい群れよ。御国を下さることは、あなたがたの父のみこころなのである。 イエス…

2017年7月9日(日) 聖日礼拝 「ただ御国を求めよ」

12:22 それから弟子たちに言われた、「それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようかと、命のこと…

月報 2017年7月号 「 賢かったが愚かだった男 」

主イエスは、「たといたくさんの物を持っていても、人のいのちは、持ち物にはよらない」と言われた後、そ…

2017年7月2日(日) 聖日礼拝 「人の命は財産によらず…」

今回は、“愚かな金持の農夫のたとえ”として良く知られている箇所でが、(1)「この世を去る時は生まれた時の…

2017年6月25日(日) 聖日礼拝 「自分の信じるところを」(2)

導入 今日の聖書箇所は、「自分の信じるところ」を堂々と生きなさいと私たちを励まします。 12:11 あなた…

2017年6月18日(日) 聖日礼拝 「自分の信じるところを」

前回は、1~7節より、困難の中で信仰を守り抜く心構えとして、人を恐れず神を恐れるべき事を学びました。 …

2017年6月11日(日) 聖日礼拝 「恐れと平安」

1.導入  12:4 そこでわたしの友であるあなたがたに言うが、からだを殺しても、そのあとでそれ以上なにも…

月報 2017年6月号 説教 「 聖書に“雨”を訪ねて 」

梅雨に入った今月は、「雨」をキーワードにして聖書を探訪してみました。 (1)雨を降らせるのは「私だ」 「…

2017年6月4日(日) 聖日礼拝 「キリストの教会の誕生」(2)

今日はペンテコステ(聖霊降臨)記念礼拝をしています。キリスト教会の誕生日でもあります。それゆえペンテ…

2017年5月28日(日) 聖日礼拝 「キリストの教会の誕生」(1)

来週は、キリストの教会の誕生日ペンテコステ(聖霊降臨)を記念する礼拝です。今日は、このことが預言され…

2017年05月21日(日) 聖日礼拝 「負い切れない重荷をおろそう」(2)

はじめに 今朝の聖書箇所にも一つの出来事が記されています。それを学んで私たちはどうしようと言うのでし…

2017年5月14日(日) 聖日礼拝 「負い切れない重荷をおろそう」

今日の御言葉は、ある人に食事に招かれた時、イエス様が、食前の清めの儀式を守らなかったことが発端とな…

月報 2017年5月号 「 喜びは、まず、深い悲しみから 」 ~ 聖霊降臨日(ペンテコステ)を控えて ~

主イエスが言われた「エルサレムから離れないで、かねてわたしから聞いていた父の約束を待っているがよい…

2017年5月7日(日) 聖日礼拝 「清くすべきは内実」(2)

新約聖書には、ユダヤ教パリサイ派の人々に対するイエスの嘆きと戒めとが多く出て来ます。イエスは、パリ…

2017年4月30日(日) 聖日礼拝 「清くすべきは内実」(1)

1.頻繁に登場するパリサイ人 今日の37節からは、当時の宗教的指導者のパリサイ人、律法学者たちの偽善に対…

2017年4月23日(日) 聖日礼拝 「キリストは確かによみがえられた」(2)

先週は12-19節から、コリント教会の「ある人々」が主張した「もし死人の復活がないならば」との誤った仮定…

2017年4月16日(日) イースター記念礼拝 「キリストは確かによみがえられた」

序.キリスト教宣教は、「キリストは確かによみがえられた」と言うこと 今日は、私たちの救い主イエス・キ…

2017年4月9日(日) 聖日礼拝 「内なる光をあなたに」

1.「あかり」の大切さ 私たちは、「あかり」があるので日常生活を送れます。ところが、目が悪くなり「あか…

月報 2017年4月号 「 私たちへのしるし 」

神は恵みによって、イエスは救い主であることを信じられるように、人知を超えた「しるし」を与えて下さ…

2017年4月2日(日) 聖日礼拝 「救いは信仰から」

1.はじめに 救いは信仰からです。また信仰とは、御言葉に聞くことから始まります。 では、御言葉に聴くと…

2017年3月26日(日)聖日礼拝 「畏れるべきは神のみ」

人が義とされるのは信仰によってのみである、それがパウロの主張するところであった。パウロは神からその…

2017年3月19日(日) 聖日礼拝 「聖書の言葉を聞ける人は幸い」

  

2017年3月12日(日) 聖日礼拝 「うつろな魂の危うさ」

イエス・キリストが約2000年前にこの世界に来て下さったことにより、霊的に表現するなら「悪しき諸霊力が…

月報 2017年3月号 「 “十戒”の映画を覚えておられますか 」

 ルカ11章20節の「神の指」とは聖書でも珍しい表現ですが、神の御業の類い無き素晴らしさを私たちの記憶…

2017年3月5日(日) 聖日礼拝 「悪しき力からの救い」

ルカ11:20 しかし、わたしが神の指によって悪霊を追い出しているのなら、神の国はすでにあなたがたのとこ…

2017年2月26日(日) 聖日礼拝 「求めなさい、そうすれば与えられる」

ルカ11:9 そこでわたしはあなたがたに言う。求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば見…

2017年2月19日(日) 聖日礼拝 「まごころと信頼」

ただいま長老任職・就職式が執り行われましたが、そこで読まれた聖書にこうありました。 5:1 そこで、あ…

月報 2017年2月号 「 愛は、おおう 」

 聖書には、何故こんな事が書かれているのだろう?!と思わせられる記事が沢山あります。その一つがこの出…

2017年2月12日(日) 聖日礼拝「祈りを聞いて下さる神」

今日の譬え話は、神は私たちの祈りを聞いて下さる方である事を教えながら、前回までの主の祈りと、9節以下…

2017年2月5日(日) 聖日礼拝「祈る時は、こう祈りなさい (3)」

キリスト者に限らず多くの人々が切々とまごころから祈ることをします。 しかし、単にまごころから出さえす…

2017年1月29日(日) 聖日礼拝「異邦人に遣わされるパウロ」

この書はガラテヤの教会に入り込んだ誤った教えに対してパウロが反論し、正しい福音に立ち返るよう迫る文…

月報 2017年1月号 「 恐れるな、わたしはあなたをあがなった 」

この、希望と平和を約束するメッセージは、今年の教会標語聖句です。 ■「恐れるな」 この言葉は、救い主…

2017年1月22日(日) 聖日礼拝 「恐れるな」

43:1 …「恐れるな、わたしはあなたをあがなった。わたしはあなたの名を呼んだ、あなたはわたしのものだ。…

2017年1月15日(日) 聖日礼拝 「祈る時は、こう祈りなさい」(2)

イエス様が教えてくださった〝主の祈り″の前半を先週学びました。今日は、私たちの日常生活に関わる祈りの…

2017年1月8日(日) 聖日礼拝 「祈る時は、こう祈りなさい」

主の祈りは、世界中のキリスト者と教会で、それぞれの国の言語、民族の言葉で祈られています。主の祈りは…

2017年1月1日(日) 新年礼拝 「人が生きる第一の目的」

1.導入  年初、多くの人々が、初詣に行きます。そこには、受験生、婚活・就活、商人、政治家...様々な立…

2016年12月25日(日) クリスマス記念礼拝 「“故郷”に帰る時、クリスマス」

クリスマスはイエス・キリストの降誕を記念して祝う祝日です。その出来事が聖書に次の様に記されています…

2016年12月18日(日) 聖日礼拝 「驚き、そして喜ぶ」

1.祖国日本のクリスマス クリスマスが年中行事になったのは、救い主降誕から何百年も後になってからのこと…

月報 2016年12月号 「 クリスマスの“買い物” 」

クリスマスが近づくと、私たちはクリスマスに備えて色々な買い物をします。この機会に、主イエスが私たち…

2016年12月11日(日) 聖日礼拝 「闇に輝き出た光」

1. クリスマスに私どもが忘れることのできない美しい情景を、今日から3週続けますが、最初の今日は、「ベ…

2016年12月4日(日) 聖日礼拝 「救いが現れた」

1.「救いが現れた」 クリスマス、私たちはどんなものを見て、どんなもので満されたいか、思ってみたことが…

2016年11月27日(日) 聖日礼拝 「なくてはならぬもの」

ルカ10:42 しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。マリヤはその良い方を選んだの…

2016年11月20日(日) 聖日礼拝 「愛されることを知る」

1.今日の主題 今日の聖書箇所は、隣人愛を教える「良きサマリヤ人の譬」として知られています。しかし、…

月報 2016年11月号 「人のおもな目的 」

多くのプロテスタント教会が信仰教育に用いてきた書物に、ウェストミンスター小教理問答があります。宗教…

2016年11月13日(日) 聖日礼拝 「喜びにあふれて」

10:21a そのとき、イエスは聖霊によって喜びあふれて言われた、「天地の主なる父よ。あなたをほめたたえま…

2016年11月6日(日) 聖日礼拝 「最も大きな喜び」

今日の箇所は、福音宣教から帰ってきた72人もの弟子たちが、輝かしい成功に大喜びしているところから始ま…

2016年10月30日(日) 聖日礼拝 「義認の恵み」

「義認」とは神さまから「あなたは正しい」と認めていただくことです。罪人(つみびと)である私たちが、ど…

2016年10月23日 礼拝説教 「あなたが救われるよう願う」

しかし、どの町へはいっても、人々があなたがたを迎えない場合には、大通りに出て行って言いなさい、『わ…

2016年10月16日(日) 聖日礼拝 ならびに 第47回 住吉教会修養会

礼拝に引き続いて、修養会を下記の通り行いました。 日時場所 2015年10月18日(日) 礼拝後~午後三時頃、 …

2016年10月16日 礼拝説教 「人生を満たすための知恵、聖書」

招き 聖書について次の様に言われています。 「聖書は決して現実を無視したり、軽視したりしない。現実を…

2016年10月9日 礼拝説教 「平安をあなたに」

今朝も、礼拝におかえりなさい!この一週間もお疲れ様でした。この一週間、皆さまに平安がありましたか。ま…

月報 2016年10月号 「 収穫(実り) 」

今年も実りの秋がやって来ました。タイトルの「収穫(実り)」という言葉は、新約聖書だけでも何十回も使…

2016年10月2日 礼拝説教 「前のものに向かって」

あなたは、どの様な目標を持っておられますか。あるいは、これといった目標を持てないまま日々をお過ごし…

2016年9月25日 礼拝説教 「反対しない者は味方」

キリスト教には多様な教派があり、またその名による活動も多岐に亘ります。今日は、聖書が教える大原則が…

2016年9月18日 礼拝説教 「人の偉さは何で決まるか」

“人の大小”は何で決まるか。切実な問いです。そして、どんな“物差し”を持つかで、その人の人生が左右され…

2016年9月11日 礼拝説教 「曲がった時代を、真っ直ぐ生きる」

今日の聖書箇所には、イエスの受難預言が繰り返される最中で為された癒やしの奇跡と、非常に珍しいイエス…

月報 2016年9月号 「 聖書を読もう 」

みなさまが聖書を読もうとする時、どのような気持ちで聖書を開かれますか。是非とも、神がこの私に語りか…

2016年9月4日 礼拝説教 「栄光へと導く励まし」

今朝は、 ①神の御子イエスの祈りは、十字架に向けて真っ直ぐ進み行く為の備えでした ②この出来事は、父な…

月報 2016年8月号 「 快(こころよ)い聖書の読み方 」

家内から聞いた話ですが、ある介護施設では、『水戸黄門』のビデオが特に好まれ、高齢の方々が、じいっと…

月報 2016年7月号  「 暑い! 」

猛暑が始まってます。本格的酷暑を控え、今月は避暑がてら「暑」の言葉遊びをしてみましょう。 まず、聖…

月報 2016年6月号  「食べられるって、しあわせ」

イエス様は、「何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずら…うな」(マタイ6:25)、「人…

月報 2016年5月号 「ペンテコステに響いた音」

つい先日、調整・修理に出していた私たちの教会のオルガンが仕上がって戻ってきました。 ところで、パイプ…

月報 2016年4月号  「人と共に泣くということ」

「ああ、それならわたしは知っていました。先生が最初にお見えになったあの五月の太陽の輝く朝、涙ながら…

月報 2016年3月号 「 何を聞き、何を思うか 」

今、アメリカでは大統領選の候補者指名争いが繰り広げられ、舌戦の凄まじさには圧倒されます。この様な時…

月報 2016年2月号 「 人が集まるのは、集まることで互いに癒(いや)しあえるから 」

最近私が読んだ『失われた物語を求めて』(レイチェル・ナオミ・リーメン著)に次の様にありました。「人…

月報 2016年1月号 「 待ち望む 」

日本の正月の風習に、最近では廃(すた)れつつあるように感じますが、門松を飾ることがあります。「松」は…