力や信心にあらず

「(16)そして、イエスの名が、それを信じる信仰のゆえにあなたがたのいま見て知っているこの人を、強くしたのであり、イエスによる信仰が、彼をあなたがた一同の前で、このとおり完全にいやしたのである。」

　使徒行伝3章16節のみ言葉でございます。この聖日も、引き続き、使徒行伝に御言葉に聞いてまいりたいと思います。
　教会が生れ、発展していく過程が描かれます。それは、聖書に予言された真の、そして唯一の救い主が、地上に来られたこと。その方、すなわち、死んで甦られたイエス・キリストによって救いが実現し、イエス様への信仰によって全ての国民に救いがもたらされる、という根本的な福音。救いの実現と宣言が、歴史の中で明らかになる、その過程です。
　使徒行伝1章8節でイエス様が弟子たちに「エルサレムから始まり、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地の果てまで」と言われました、その通りに、三段階で、段々と広がりながら、救いの福音の伝道が、全世界へ展開していきます。そして、その主人公が、聖霊なる神様である、ということであります。

　ペンテコステから、続けて使徒行伝に聞いてきていますが、この第3章は、まだ第一段階。エルサレムでの宣教になります。2章のペンテコステでは、3千人ほどの人が回心し、イエス様の御名による洗礼を受けて、仲間に加えられました。そこから、使徒たちによる多くの奇跡としるしが行われ、日々、救われる者を加えて行った、と記されています。その一つが、ペテロとヨハネによる、美しの門での癒しの奇跡でした。その様子が描かれています。
　ペテロが「ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい」と命じて、足の利かない男性は躍り上がって立ち、歩いたり、踊ったりして、神のみ名を讃美しながら、ペテロたちと一緒に宮に入って行きました。このペテロ達による癒しの業に、大変驚いた人々が、彼らの下に集まってきました。そこで、ペテロがこの奇跡について語りだします。ペンテコステでの説教が、ペテロの第一説教とすると、このソロモンの廓での言葉は、聖書に記されたペテロの第二説教ということになります。11節から12節をお読みします。

「(11)彼がなおもペテロとヨハネとにつきまとっているとき、人々は皆ひどく驚いて、「ソロモンの廊」と呼ばれる柱廊にいた彼らのところに駆け集まってきた。(12) ペテロはこれを見て、人々にむかって言った、「イスラエルの人たちよ、なぜこの事を不思議に思うのか。また、わたしたちが自分の力や信心(敬虔)で、あの人を歩かせたかのように、なぜわたしたちを見つめているのか。」

　ペテロは、集まってきた人々に対して、奇跡の業について、説明を始めます。その説明は、問いかけから始まりました。二つの問いかけです。ひとつめは、
「イスラエルの人たちよ、なぜこの事を不思議に思うのか。」
なぜ不思議に思うのか、という問いかけは、不自然ではあります。通常あり得ない、それこそ奇跡の業を行ったのですから、多くの人が驚いて不思議に思うのは当然です。
そしてもう一つの問いかけは、
「わたしたちが自分の力や信心で、あの人を歩かせたかのように、なぜわたしたちを見つめているのか。」
　これも、当然で、みんなが見ている前で、ペテロとヨハネが命じただけで、歩けなかった人が
歩き出したのですから、彼らが何か特別なことをしたのか、力があるのか、昔の預言者ような存在ではないか、と感じることは自然なことです。
　この時、ペテロは二つの問いかけによって、二つの事を否定した、ということになります。つまり、ペテロたちが行った癒しは、不思議なことではない、ということ。もう一つは、それがペテロたちの力、能力でも、また信心によるのでもない、ということであります。そして、この二つの否定が、この出来事と矛盾なく、導く答えは、ただ一つ。癒しの御業が、神様のみ業であるということであります。
　つまり、世界には、その全てをみ心のままに支配される、全能の生けるまことの神様がおられるということ。そしてこの時には、すでにその全権が、今天におられる御子イエス・キリストに委ねられているということを、伝えようとしていました。その御名による奇しい業、しるしは、決して、特定の人の力や、敬虔さを原因とするものでは無いということです。
　福音宣教のスタート時点で、使徒ペテロによるこの宣言は、大変大きな意味を持っていました。事実、使徒たちが伝道を進め、不思議なしるしを行っていくと、それを彼らの特殊な力や、魔術のようなものだと考え、お金で譲り受けようとしたり、使徒の権威をかたって、自分の立場や利益を得ようと計る者が、数多く現れることになります。
　これは、今もなお、続いています。人は、目の前の見えるものに弱い。まず人に弱い。立派な人、魅力的な人、力ある人、賢い人。それら全てを与え、すべての源である、主ではなく、目の前の人に目が行く。頼ってしまう、人の弱さであります。また、組織に弱い。有力な、大きな組織。有名な団体。人の素晴らしさも、組織や群れの強さも、いかにまことの神様により頼んでいるか。み言葉に聞いているか、全ての栄光を主に帰しているか、というところに基準が置かれなければならないはずであります。
それが、後回しになるのが罪の世の常であります。そして、このような、人の弱さに引っ張られた、あるいは付け込むような人々が、必ず存在するということも事実であります。私たちは、このような、主の栄光を、自らのものにしようとする存在、また誘惑から常に挑戦を受けているところであります。
ですから、常にイエス様のお姿を仰ぐ必要があるのです。天の栄光に満ちた、最も光り輝く、神の御子イエス様は、罪の呪いの下にある、地の最も低いところに来て下さったお方でありました。天地の全ての主権を持たれた、まことの王は、仕えるために、この世に来て下さいました。私たち罪ある者を救うために、嘲りと、罵りと、暴力に身を委ねられたかたが、私たちの頭なる主でいて下さるのです。御霊により、信仰を通して、この方に似たものとされて行くことを、望み願うのが、信仰生活であります。
　歴史上、召されて、素晴らしい信仰を与えられ、力や機会を備えられ、その働きに努めた人々、代々の聖徒と呼ばれる先人は数えきれません。しかし、どんなに素晴らしくても、全ての人は罪人であり、それを救い、また用いられるのは、主であります。この主を喜ぶ、ということを覚えたいと思います。
確かに、隣人を愛すること、兄弟姉妹を愛し、尊重すること。また家族を愛することもまた、み心であります。信仰の先達への敬愛、尊敬は、まさに主にあって麗しいものですが、神様と人との絶対的な線引き、区別が存在します。そこを曖昧にして、人を何か特別な聖人扱いすることを、使徒ペテロはここではっきり拒否しているのであります。
　
　ペテロは、すべての奇しい業、力ある業、素晴らしい賜物。それらは、それを表わした人の力でも、敬虔さによるものでは無い、ということを最初に宣言しました。それは、翻ってもう一つ大切なことを証ししています。
　それは、このような奇しい業、癒しができないことや、あるいは、癒されないこともまた、その人の力や、信心・敬虔さによるのではない、ということであります。このことは、本当に間違えられ易い事実だと言えます。できないこと、叶わないことをもって、その人の信仰を計る、ということが、どれだけ行われてきたか、宣教の歴史の中に多く出てまいります。中世の異端尋問や魔女狩り、といった出来事だけではありません。現代にいたるまで、このような判断基準に陥る危険は残っているといえます。
　超自然的な、業やしるしも、癒しも、主が御自身の証しのために、必要とされた時に、行われるものであります。確かに、それは常に人の信仰と共にあります。信仰に導くために。信仰を通して、主は働かれます。その意味で、み業と信仰は一体ですが、奇跡の有無が、人の信仰の基準ではないということであります。ただ主の御旨、憐れみ、ご計画であります。イエス様に直接召された大伝道者、パウロもまた、繰り返し願っても、その肉体的な不自由が癒されることはなかったのであります。

　み言葉に進んでまいります。13節から15節。
「(13)アブラハム、イサク、ヤコブの神、わたしたちの先祖の神は、その僕(παις:子)イエスに栄光を賜わったのであるが、あなたがたは、このイエスを引き渡し、ピラトがゆるすことに決めていたのに、それを彼の面前で拒んだ。(14)あなたがたは、この聖なる正しいかたを拒んで、人殺しの男をゆるすように要求し、(15)いのちの君を殺してしまった。しかし、神はこのイエスを死人の中から、よみがえらせた。わたしたちは、その事の証人である。」

ペテロが12節で「イスラエルの人たちよ」と語りかけたのは、宮、神殿に詣でていた人たちに対してですから、当然、主なる神様を信じる、主の民を自認する人々への、呼びかけです。そこで、皆さんとか、あなたがた、ではなくイスラエルという名を出したことは、意味があったと考えられます。イスラエルはヤコブが主から与えられた名前。恵みの契約の救いに与ることを示す民族名になります。そうして、ここで「アブラハム、イサク、ヤコブの神、わたしたちの先祖の神」と、共に信じる神、真実なる神への共通認識を呼び起こします。
その上で、彼らが、その主のみ心に背いた、反した、ということを指摘しました。どのように背いたか。先祖の神、主が遣わされた、「聖なる正しいかたを拒んで」、「いのちの君を殺してしまった」　ということであります。ペテロは、イエス様の事を「その僕イエス」と表現しています。これはあまり多く使われていません。この「しもべ」という言葉自体、よく使われる、奴隷や、召使いの「 δουλος 」ではなく、「παις」単語で、子とか子供という意味もあります。「僕に栄光を賜った」というのは、明らかにイザヤ書53章。メシヤ預言、主のしもべの歌が意識されています。ペテロは、イエス様からご自身についての聖書の解き明かしを受けていました。そして、それを彼が遣わされたエルサレムの人々に、通じ易い形で、説いているようです。
イザヤ書の内容、ペテロの言葉、イエス様の十字架。それらが重なって、イスラエルの罪が浮き彫りになっていきます。それが真実であれば、途轍もなく衝撃的なことになります。主が約束して下さって、自分たちが待ち望んでいた希望のメシヤを、殺した、と言われたのです。何という恐ろしいことを、となるでしょう。
そして、「しかし、神はこのイエスを死人の中から、よみがえらせた。わたしたちは、その事の証人である。」これは、ペンテコステの第一説教と同じで、その要約とも言えます。約束のメシヤの受難と復活。主の予言がナザレ人イエスにおいて成就した。その証人が、いま目の前で癒しの奇跡を行って見せました。

ルカの福音書で、イエス様は、癒しの奇跡を、イエス様が地上で罪をゆるす権威をお持ちの方であること。神の子メシヤで、天地の全権を持ったお方であることを、人々に証するためにおこなったと言われました。そのことを踏まえて、ペテロは言葉を続けます。16節、
「(16)そして、イエスの名が、それを信じる信仰のゆえにあなたがたのいま見て知っているこの人を、強くしたのであり、イエスによる信仰が、彼をあなたがた一同の前で、このとおり完全にいやしたのである。」

　癒したのはイエスの名である。つまりイエス様ご自身であること。そしてイエス様によって与えられる、信仰を通して表されるのだ、という奇跡の説明でした。それは、神に背いたあなたがたもまた、イエスのさまへの信仰によって、救われることの宣言でもありました。今朝、ペテロの第二説教、その前半に聞いてまいりました。
ペテロが語ったのは、奇跡、癒しの業は、行った者の功績ではない。力や敬虔さではない。癒された人の功績でもない。それは、癒せないのも、癒されないのも、「信仰が足りない」からではない!パウロを見よ。ただ、癒す権威、赦す権威を持つお方を証すために表された。
　その方、イエス・キリストを信じて救われる。私たちに与えられた福音であります。