魂を救う力

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魂を救う力

【19:愛する兄弟たちよ。このことを知っておきなさい。人はすべて、聞くに早く、語るにおそく、怒るにおそくあるべきである。20:人の怒りは、神の義を全うするものではないからである。21:だから、すべての汚れや、はなはだしい悪を捨て去って、心に植えつけられている御言を、すなおに受け入れなさい。御言には、あなたがたのたましいを救う力がある。
22:そして、御言を行う人になりなさい。おのれを欺いて、ただ聞くだけの者となってはいけない。23:おおよそ御言を聞くだけで行わない人は、ちょうど、自分の生れつきの顔を鏡に映して見る人のようである。24:彼は自分を映して見てそこから立ち去ると、そのとたんに、自分の姿がどんなであったかを忘れてしまう。25:これに反して、完全な自由の律法を一心に見つめてたゆまない人は、聞いて忘れてしまう人ではなくて、実際に行う人である。こういう人は、その行いによって祝福される。
26:もし人が信心深い者だと自任しながら、舌を制することをせず、自分の心を欺いているならば、その人の信心はむなしいものである。27:父なる神のみまえに清く汚れのない信心とは、困っている孤児や、やもめを見舞い、自らは世の汚れに染まずに、身を清く保つことにほかならない。】ヤコブの手紙 1章 19節から27節

○【21:だから、すべての汚れや、はなはだしい悪を捨て去って、心に植えつけられている御言を、すなおに受け入れなさい。御言には、あなたがたのたましいを救う力がある。22:そして、御言を行う人になりなさい。おのれを欺いて、ただ聞くだけの者となってはいけない。】
 ヤコブの手紙1章21節22節の御言です。本日は、22節にある「御言を行う人になりなさい」という御言。ヤコブの手紙の中心的なテーマを示すキーワードが出てきました。これを中心に聞いてまいりたいと思います。
 ウェストミンスター小教理問答の第3問は「聖書はおもに何を教えているか」という問いです。この問いへの答えは「聖書はおもに、人が神について信じなければならないことと、神が人に求めておられることは何であるかを教えている」という内容です。聖書はおもに信じることと、求められる義務。すなわち、聖書では主に、信仰と生活、生き方が教えられているということです。私たちの生き方、生活の規準は神様の求められる義務であり、イエス様はそれをまとめて「神を愛し、隣人を愛する」ことだと教えて下さいました。信じることと、愛すること。主なる神を信じることは、神を愛さずにはおれませんし、神を愛する者は、必然同じく神を愛し、神に愛されているところの隣人、兄弟姉妹を愛するようになるのであります。ここに、クリスチャンの祝福される生活の根本が示されています。
 さて、ヤコブがこの手紙を送っているのは、迫害によって散らされた、多くのユダヤ人キリスト者たちです。すでに御子イエス・キリストを信じる信仰を与えられたものの、離散してあちこちで小さな群れとなって、何とか耐え忍んでいる。その試練の中にある信徒たちの、信仰生活を脅かすような、状況や姿が伝えられてきた。そこで、主の兄弟ヤコブは、彼等の信仰を安定させ、固く立たせるために、その信仰の安定を妨げるものを取り除くために、励まし、また導こうとしたわけです。
 ですから、中心は信仰を安定させる生活、ということになります。具体的な生活上の問題、日々の行いについて指導。それは、正しい信仰から生み出される、信仰の表れとしての行いを強調しています。
前回、9節から18節で、信仰の安定を妨げる要因として挙げられたのは、この世の富と、誘惑ということがらでした。この世の富は一時的で、しかも全て上より、天の父より賜ったものであること。それを覚えないと、自分の内から出てくる欲によって、罪へと誘われると言う勧告でした。しかし、キリスト者は、真理の言葉、すなわち福音によって、新たに造りかえられた、新しく生まれた者である。御子イエス様を、真の救い主、メシヤと信じる信仰を与えられ、変わることも朽ちることもない、御国の栄光と天に父より賜った事実を、イエス様の教えと共に思い起こさせようとする言葉でした。
19節以降はだんだんと具体的な生活指導、さとしに入っていきます。19節20節。
【19:愛する兄弟たちよ。このことを知っておきなさい。人はすべて、聞くに早く、語るにおそく、怒るにおそくあるべきである。20:人の怒りは、神の義を全うするものではないからである。】
 19節では、信仰の安定を妨げる第2の要因が挙げられています。それは「怒り」ということになります。手紙の読者が自分を振り返って、分かりやすいように、具体的な感情や、思い。さらにそういう感情に左右されている現実の姿を指摘しています。「知っておきなさい」という言葉は、命令形にも直接法にもとれますので新改訳では「あなた方がもう知っている」とも訳し、新改訳2017では両方の意味を含んだ「わきまえなさい」としています。既に教えられたことを押さえて、となります。それは人の話には真摯に耳を傾け、よく聞くように。そして自らが語る場合は、祈りつつ冷静に考え、益になるように語るべきだという指導です。そうすると当然語るのが遅くなります。また、怒ることも遅くなります。このようにヤコブが教えていると言うことから、宛先の状況が分かってきます。人の話や意見を聞かず、一方的に決めつけて責めたり裁きあったりという、無益な議論に明け暮れていた、ということであります。4章11節にそのことが具体的に書かれていますので、お読みします。363頁、4章11節。
【11:兄弟たちよ。互に悪口を言い合ってはならない。兄弟の悪口を言ったり、自分の兄弟をさばいたりする者は、律法をそしり、律法をさばくやからである。もしあなたが律法をさばくなら、律法の実行者ではなくて、その審判者なのである。】
 悪口、怒り、裁くような言葉は信仰の安定を阻む要因だから、これを慎みなさいということです。そしてその原因は、1章20節に書かれていました。「人の怒りは、神の義を全うするものではないから」です。神の義とは、神様が正しいとされることであり、全うするとは「実行する」という意味です。しかし、人は弱くて、弱いほどよく怒ります。怒りは正しさの基準を、主なる神様ではなく自分において、自分中心の感情から怒り、人を裁いている。それは決して主の求められる、喜ばれる姿ではないと教えています。何より主は「憐れみ深く怒ること遅いお方」でありました。この隣人愛に基づかない、議論や口論は、信仰に無益であります。常に基準を主に置くように、その教え御言を中心に子心に置くことが肝要であります。先週に祈祷会で取り上げた詩篇1篇では、幸いな人、正しい人は「主のおきてを喜び、昼も夜もそのおきてを思う」と歌われています。そして、その幸いな人は水路の流れのほとりに植えられた木のように茂り、時が来れば実を結ぶと譬えられます。自分で生えて、頑張って繁ったのではなく、植えられて、手入れされ育てられた。主の恵みに契約の内に守り育てられた幸いであります。
 これは、次の21節以降に繋がっていきます。
【21:だから、すべての汚れや、はなはだしい悪を捨て去って、心に植えつけられている御言を、すなおに受け入れなさい。御言には、あなたがたのたましいを救う力がある。22:そして、御言を行う人になりなさい。おのれを欺いて、ただ聞くだけの者となってはいけない。】
 ここまで、信仰の安定を妨げる要因として、怒りが指摘され、その理由が語られました。ここからはその対策が教えられます。まず「穢れや、はなはだしい悪を捨て去る」「はなはだしい」とは、溢れるほどたくさん、という言う意味と、余分にいつまでも残っていると言う意味があります。私たち罪人は、常に思うことは悪く、救われてなお、罪を貸すことを繰り返すものにすぎません。しかし、ここではそれらを擦れ去るように、と言われます。捨てさるというのは、エペソ人への手紙4章で「古い人を脱ぎ捨て」と言われた、脱ぎ捨てと同じ言葉です。
 これがかなうのは、日々罪を犯しつつ、日々イエス様に赦され続けているように、私たちの心に、御言が植え付けられているからであります。植え付けられた御言によって、御霊が働きかけ、導いて下さるのであります。旧約聖書を一ヶ所「エレミヤ書31章32節」旧約聖書1100頁です。
【しかし、それらの日の後にわたしがイスラエルの家に立てる契約はこれである。すなわちわたしは、わたしの律法を彼らのうちに置き、その心にしるす。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となると主は言われる】
 31節にあるように、これは新しい契約ですね。救い主イエス様の来臨、全き従順と、贖い、昇天により全うされた救いの約束であります。この契約の中に、ヤコブ達も、今の私たちも入れられています。もう一ヶ所新約聖書。「コリント人への第2の手紙」3章3節。280頁。
【そして、あなた方は自分自身が、わたしたちから送られたキリストの手紙であって、墨によらず生ける神の霊によって書かれ、石の板にではなく人の心に書かれたものであることを、はっきりあらわしている】 同じく、6節。
【神は私たちに力を与えて、新しい契約に仕える者とされたのである。それは文字に仕えるものではなく、霊に仕える者である】
 このように、神の恩寵によって、私たちのうちにも言葉が記され、御霊がそれを照らし、証して下さっているのでありますから、これを素直に受け入れること。御霊の証しに顔を背けず、目を瞑ることなく、ただそのまま素直に受け入れればいいのであります。そして、御言を受け入れ、主を信じれば、魂が救われる。と言っています。魂が救われると言うことは、肉体ではなく永遠の命。永遠の死の裁きを免れる。その力が御言にあるということであります。それがすでに、心のうちに書き記されているのですから、それを受け入れるだけという大いなるの恵みであります。ただ、受け入れると言うことは、単に理解する、心に認める、同意すると言うことではありません。22節。
 【御言を行う人になりなさい。おのれを欺いて、ただ聞くだけの者となってはいけない。】
御言を本当に受け入れたものは、それに従います。心が御言に向かい、御言に示された恩寵にお応えし、御言に従いたいと思うようになります。それが御霊のお働きであります。ただ聞くだけの者になってはいけないというのは、ヤコブによる、的確な指摘であり教えでした。聖書を知識として理解するとか、同意するだけではいけない。信仰は心の問題だけではない、個人的なのものでもありません。実態として、真実の存在として、心の内側のとどまらず、生活として、行いとして現れ出るものである、ということを教えています。これは、当時のユダヤ人キリスト者だけではなく、現代の私たちを取り巻く大きな問題でもあります。
マタイによる福音書7章24節を引いてみましょう。新約聖書10頁。マタイ7章24節。
【それで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者を、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができよう】
このイエス様が譬えられた賢い人というのは、御言、すなわちイエス様の教えを行う人は、岩の上に家を建てるように、揺るがず、崩れない、安定した信仰を保つことができるのだと言うことを、仰っています。ヤコブが、御言を行いなさいと言う時、このイエス様の教えがその後ろに、しっかりと立っているわけです。ヤコブは18節では真理の言葉と言い、21節から23節では御言と言っています。そして、25節以降は、律法という言葉で、教えていきます。25節では完全で自由な律法と表現しています。律法と言いながら、このあともヤコブは、儀式律法には全く触れていません。道徳律法だけです。このことは覚えたいと思います。さらに突っ込んで言えば、イエス様の教えであり、福音ということになります。この主の御言を真に受け入れ、行う者となさしめて下さいますよう、御霊の導きをお祈りします。

2021年度 メッセージ一覧

ヨナに勝るもの

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月報 2021年11月【誰が神の愛をさまたげ得るか】

 

まことの光が世に来た

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私たちは癒された

■有名なメシヤ預言、イザヤ書53章です。キリスト降誕の700年以上前に、彼のご生涯が予言されていました。■

必ず地に立たれる

■サタンの試みにより、大きな困難と苦しみを受けたヨブ。友人達との議論や神への問いかけの中に、やがて地…

月報 2021年10月【キリストは誰のためにご自身を捧げられたか】

 

心は舌に表れる

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生きる信仰

■ヤコブによる手紙の2章後半、手紙のメインテーマ「信仰は行いと共に働いて生きる信仰になる」ことが教え…

憐みは裁きに勝つ

魂を救う力

■イエス・キリストの兄弟ヤコブが記した手紙は、試練と誘惑の中で弱っていた人々を励まし、導くものでした…

全ての善い贈り物

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試練を喜んで

■新約聖書中、最も早い時期に記されたとされる、ヤコブの手紙。イエス・キリストの兄弟が書いたこの手紙に…

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神は世界を憐れむ

■ヨナが神の言葉を叫んで回ると、ニネベの町中、王や高官まで主の前に平伏し、悔い改める姿を示しました。…

悔い改めの実現

■嵐の海に投げ込まれたヨナは、大きな魚に飲み込まれ、救い出されました。魚の腹の中で整えられたヨナは3…

ヨナの祈り

■荒れた海を鎮め、船員を助けるために海に投げ落とされたヨナは、神が備えられた大魚に飲み込まれます。そ…

御手はどこまでも

■神様の命に背き逃れようとしてヨナが乗った船を、神様が暴風をもって遮られます。今にも沈没しそうな中、…

月報 2021年9月【救いへの選びは無条件】

 前回「全的堕落」ということについて御言葉に聞きました。人はアダムの堕落以来「全ての部分で」悪くな…

神が遣わされる

◆紀元前8世紀。神様から、強大な敵国へ行って神の宣告を伝えるよう命じられた、預言者ヨナは、それを逃れ…

ここからの一歩

■ピリピ人への手紙3章から。私たちは人生において、ただ一つの目標を目指し進んでいること。その歩みが完…

月報 2021年8月【救いは神の御業】

 先月、ヤコブの手紙で「御言を行う人になりなさい」と教えられましたが、それは、神様の御心に適う事。…

主に仕えます

■ヨシュアに導かれて、主なる神が約束された地、カナンに入植を果たしたイスラエルの民に対して、ヨシュア…

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■エペソ人への手紙の最終章から、信仰の戦いということについて教えられます。

第一の教え

■エペソ人への手紙6章から、パウロのは、親子関係、主従関係の在り方について教えていきます。

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月報2021年7月 【御言を行う人になりなさい】

◆先月は先月は、御言葉を語り、また聞くために「熱心と準備と祈り」を持つことの大切さを教えられました。…

喜ばれる捧げもの

■本日は、エペソ人への手紙5章から、神の愛される子供とされた、私たちの歩き方。神様が喜ばれる姿を聞い…

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■エペソ人への手紙から連続して聞いてまいります。クリスチャンの交わりに求められる事が教えられます。

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■ペソ人への手紙から、連続して聞いています。キリストの体である教会の一員とされ、キリストの民、神の子…

月報2021年6月 【熱心と、準備と、祈りをもって】

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◆先週に続き「マタイによる福音書」5章から、イエス様による律法の解き明かしを聞いてまいります。本日は…

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月報2021年4月 【安息日の恵み】

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◆有名な「山上の説教」で誤った聖書理解からくる価値観を、大きく転換させて見せられたイエス・キリストは…

安息日の讃美

■詩篇92篇は「安息日の歌、さんび」と題されます。この詩篇から、十戒の第三戒に示される神様を例はする態…

復活のキリストの説教

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イエスは甦って、

■十字架刑によって絶命されたイエスは墓に葬られ、大きな石で封がされました。しかし、日曜の朝、番人が見…

月報2021年3月 【万物を賜る主の愛】

■神様が私たちに「万物を賜る」と仰います。それは大きな恵みですが、そのようなことがあり得るのでしょう…

キリストを埋葬する

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遊女ラハブの信仰

■【イエス様の系図に特別に記された女たち。神様は彼女たちはどのように用いられたのだろう。 今回はエリ…

従うことは犠牲にまさる

■イスラエルの初代の王、サウルはアマレク人との戦いに勝ちましたが、サムエルが告げた主なる神の命令に完…

神とみ言にゆだねる

■「使徒行伝」20章より、パウロがエペソを離れる際に、もう二度と会えないだろうと、長老たちを集めて語っ…

神の永遠の目的

■「エペソ人への手紙」3章から。神のさまの永遠の目的。キリストの教会の実現について、その恵みの豊かさ…

神の住まい

■初代教会が各地に建てられ始めたころ、まだ不安定な信徒たちに、キリストの教会がいかなるのものかをパウ…

月報2021年2月号 【神に戒められる人は幸い】

■聖霊によって、イエス・キリストを信じる信仰を与えられたものが賜る祝福。この世における三つの祝福の内…

敵意を取り除く

■「エペソ人への手紙」2章の後半から、当時の教会の構成要員であったユダヤ人と異邦人。その隔てを取り払…

教会を満たすもの

■エペソ人への手紙1章の後半です。1章の前半から、三位一体の神様による救いの御業と、救われた民としての…

罪に中にも漸進する恵み

■新約聖書マタイによる福音書の1章に記されたイエス・キリストの系図。父親の名前が列挙される系図の中に5…

主は倒れる者をささえられる

■『主はすべて倒れんとする者をささえ、すべてかがむ者を立たせられます。』 この詩篇145篇14節の御言は、…

耳触りのよい話を求める

■新年礼拝で聞いた「テモテへの第二の手紙」4章から続いて、御言を宣べ伝える心構えと困難さについて教え…

主がわたしに耳を傾けられる

■詩篇113篇から118編は「讃美の詩篇」です。ユダヤの季節ごとの祭で、神殿に詣でる人々の前で歌われた、神…

御言をのべつたえなさい

■新型コロナウィルスへ感染の解決がまだまだ不透明な中、あらたな一年が始まります。年初にあたりあらため…