真実の知恵

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真実の知恵

13:あなたがたのうちで、知恵があり物わかりのよい人は、だれであるか。その人は、知恵にかなう柔和な行いをしていることを、よい生活によって示すがよい。
14:しかし、もしあなたがたの心の中に、苦々しいねたみや党派心をいだいているのなら、誇り高ぶってはならない。また、真理にそむいて偽ってはならない。
15:そのような知恵は、上から下ってきたものではなくて、地につくもの、肉に属するもの、悪魔的なものである。
16:ねたみと党派心とのあるところには、混乱とあらゆる忌むべき行為とがある。
17:しかし上からの知恵は、第一に清く、次に平和、寛容、温順であり、あわれみと良い実とに満ち、かたより見ず、偽りがない。
18:義の実は、平和を造り出す人たちによって、平和のうちにまかれるものである。ヤコブの手紙 3章 13節から18節

【17:しかし上からの知恵は、第一に清く、次に平和、寛容、温順であり、あわれみと良い実とに満ち、かたより見ず、偽りがない。】
ヤコブの手紙3章17節の御言でございます。ここに、上から。つまり、天から下って来る、もたらされる知恵ということが教えられています。本日は、私たちに求められ、またもたらされる、真の知恵。天からの知恵について教えられたいと願っています。

まず、この少し前の教えに遡ってみます。9節から10節を見てますと、
【9:わたしたちは、この舌で父なる主をさんびし、また、その同じ舌で、神にかたどって造られた人間をのろっている。10:同じ口から、さんびとのろいとが出て来る。わたしの兄弟たちよ。このような事は、あるべきでない。】
ヤコブは「わたしの兄弟たちよ」と呼びかけ、非常に強く戒めていました。それは、信仰を告白し、神を讃美しながら、兄弟姉妹を偏見によって蔑み、また貶めたり裁くような言葉を、同じ口から発してはならない、そのようなことがあってはならない、という内容でした。それは、人の心が下に表れるから、という理由からでした。その前に、人がその舌、言葉を清吾することがいかに困難で、それができた人はいない、とまで言っていました。それは、人間が罪の内にあって、人の中から出る者が汚れているから当然と言えます。しかし、それを踏まえても戒めなければならない行為として教えています。なぜなら、キリスト者は、すでに救われて、主の民として、キリストによって神様との交わりが回復されています。その交わりによって、心が変えられていくからです。それは聖霊のお働きによってもたらされるものですから、聖霊の助けを、願い求める事が必要だということを暗に示していました。
 その流れで、13節以降は、指導のテーマが舌から、その源である心の問題を直接指摘し始めます。ここでも、実は非常に厳しい口調で、叱責がつづいています。原文を文法的に見ると良くわかりますが、13節から15節は叱責で、16節以降は説明というか、諭しているような言葉遣いになっています。まず、前半から見てまいりましょう。13節をお読みいたします。
【13:あなたがたのうちで、知恵があり物わかりのよい人は、だれであるか。その人は、知恵にかなう柔和な行いをしていることを、よい生活によって示すがよい。】

 13節の最初の言葉は、原文では「誰か?」という言葉で始まっています。いったい誰ですか、知恵があって物分かりのよい、と言える人は。あるいは、そう言っている人は誰?という意味合いを含んでいるようです。誰や!自分に知恵があると言うてるのは?といった口調ですから、かなり強く問かけています。ここの、「知恵がある」というのは、一般的な賢さ、知恵のことで、「物分かりのよい」というのは、経験を重ねて熟練した、そのような知識のある人、またはそれを自称する人という意味です。
 知恵があって物分かりの善い人は誰かと問われて、手をあげる人、自分がそうだと思う人がいるなら、どうやら、そういう人がいたということですが、それならその人は、良い生活によってそれを示しなさい、とヤコブは指導しています。生活というのは生き方、ということになります。どのような生き方か、というと、柔和な行いだ、ということです。「行い」は複数形ですから、柔和をしめす、諸々の、様々な行いになります。まことの知恵は、柔和をもたらすものであるから、知恵があるのならそれを行いで示しなさい、という教えです。教えているということは、そうではなかったと言うことです。
彼らがどうだったか、というと14節で語られています。
【14:しかし、もしあなたがたの心の中に、苦々しいねたみや党派心をいだいているのなら、誇り高ぶってはならない。また、真理にそむいて偽ってはならない。】
 14節でヤコブは、「もし・・」というように、仮定形をつかって、控えめに教えています。もし、心の中に妬みや党派心、党派心という言葉は、敵対心とか利己主義的な自分中心の思い。自らを人より高く置いて、人から尊敬されたり、重く扱われたいという心のことです。このような心があるなら、誇り高ぶるるな。自慢してはならない。時分を高くするために、人を貶めるような嘘をついたり、見栄を張って偉そうにしてはならない、と指導しています。
 ヤコブが手紙を送った先での心配事は、その群れでは、自ら知識や信仰を誇り、自分を高くおいて、人を裁き、この世的な身分や身なりで判断する。偏見をもって差別的に兄弟姉妹を扱う、そのような人達が認められたということです。3章のはじめで、「多くのものは、教師にならないがよい。」と勧めていたのは、このようなことから出ています。本来なら、伝道のために教師が多く出ることは喜ばしいことです。しかし、この群れでは、口だけの信仰や、この世的な価値基準と、自ら教師を名乗るような高ぶった姿が見られていました。これは主の教え。憐れみから遠く離れた、正反対の姿になります。ですから、ヤコブは正しい信仰の姿、生き方へと導くために、心を砕きながら厳しく指導しています。
 15節に進みます。
【15:そのような知恵は、上から下ってきたものではなくて、地につくもの、肉に属するもの、悪魔的なものである。】
ここでも原文では「そうではない」という否定形から始めています。「違う。あなた方のいう知恵は御心に適っていない」という厳しい指摘です。妬みや敵対心からくる知恵は、天からのものではない。つまり、御心に適うものではない。訳されてはいませんが「むしろ」という単語が入っています。上からのものではなく、むしろ、反対に「地上の価値に基づく、肉欲の属する、悪霊を源とするものである。」と断言しています。強い叱責ともいえる教えです。
 キリスト者とは、上から与えられた信仰によって、これらの支配から自由にされたものであります。天に属し、真理と霊に基づき、キリスト・イエスに聞き従う者とされたはずでした。確かに、この世に置かれている間は、私たちも彼らのような、御心に背いた姿から完全に解放されることはありませんが、それでも、目指すべき幸いな道は示されています。優先順位、最も根本に置く者が逆になっては、いけないということであります。ヤコブは特に、群れの中の有力者と言われる人達。地位の高い、あるいは裕福を誇る人たちに対して、誇り高ぶってはならない、と教えているのであります。
 天から授かる知恵によれば、ひとは高ぶることなく、謙遜を与えられるものであります。人を値踏みし、貶めるのではなく、憐れみ、尊ぶ心へと導かれます。そのことをヤコブは教えようとしています。そして、そこに教会の一致を生み出す平和がもたらされるのであります。
 16節で、この群れにみられる、地上の知恵から生まれる状況について、一旦まとめています。
【16:ねたみと党派心とのあるところには、混乱とあらゆる忌むべき行為とがある。】
ここは「ところ」という単語から始まります。どんなところか「妬みや党派心、敵対心・利己主義のあるところ」そこから、あらゆる混乱と醜い行いが生れて来ることを教えています。この世の常であります。
 16節で、すこしトーンダウンして、まとめた後、ヤコブは今度は丁寧に諭し始めます。
【17:しかし上からの知恵は、第一に清く、次に平和、寛容、温順であり、あわれみと良い実とに満ち、かたより見ず、偽りがない。18:義の実は、平和を造り出す人たちによって、平和のうちにまかれるものである。】
 混乱と醜い行いを生み出す、この世的な肉欲、妬みと自分中心を源とする知恵にたいして、上からの知恵とはどういうものか。天からくる、真実の知恵について、これを悟り、上からの知恵を求めるように教えます。
 17節では「第一に清く」と教えています。この清くは、清流、清水の「清い」が使われていますが、単語としては、純真な、汚れのないという意味の言葉です。そういう意味で「清い」ということも言えますが、本来の意味は、「神に属するもの」ということです。道徳的な聖なるもの。主なる神様に属する、区別されたもの。この世のものでは無いということです。私たちの規準は、まず天に、主にあることを示します。
 次いで、平和、寛容、温順。温和とか従順という意味です。新改訳では「平和で、やさしく、協調性があり」と訳しています。そして「あわれみと良い実に満ち」。上からの知恵を、四つの性質で表しています。「良い実」の「実」は複数で、あわれみが様々なよい行いを生み出し、多くの身を成すことを示します。憐れみと多くの身はセットです。
ただ、最初は「平和」で始めていて、平和を強調しています。これは、偏見とこの世の知恵による口論、高慢な自分中心の人を裁く行いが教会に混乱を招き、分裂させる要因となっていたからであります。そのような偉ぶる人たちに向けて、ヤコブは教えているからです。これは、18節で繰り返し語られて。さらに強調されます。
 18節の「義の実」は「義であるところの実」。義とは神様が喜ばれる行ないを表しますから、ここでは、17節にあった要素全てを含んでいると言えます。寛容、温順、憐れみ、これら実が結ぶということです。それが平和の内にがもたらされるものであります。
 それは、上から。天からの知恵、真の知恵が生み出すものです。天からの知恵と言うと、何か突然インスピレーションが湧くとか、閃くというようなものと誤解されやすいのですが、イエス・キリストの教えであり、キリストが示して下さった生き方であります。すなわち、真の知恵は、聖書の中にその源があるということです。神の言葉である聖書を通して、聖霊によってもたらされる。御言葉に聞いて、祈ることで与えられるもであることを覚えたいと思います。
 ここでは、平和、寛容、温和なことが教えられましたが、ただとにかく平和だ、とひたすら寛容で、なんでも温順であればいいというものでもありません。イエス様は、限りなく謙遜で、忍耐強くあられましたが、厳しく罪の指摘をなさいました。私たちも、信仰の自由が脅かされたり、異端の教えに対しては、裁かれるのはイエス様ですが、私達自身もしっかりと、抵抗しまた対抗することが求められます。そのためにも、しっかりとみ言葉に聞いて、必要な時に真の知恵を賜るよう、祈りたいと思います。

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真実の知恵

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