月報 2022年4月 「キリストの復活の栄光」(1)
わたしが最も大事なこととしてあなたがたに伝えたのは、わたし自身も受けたことであった。
すなわちキリストが、聖書に書いてあるとおり、わたしたちの罪のために死んだこと、
そして葬られたこと、聖書に書いてあるとおり、三日目によみがえったこと、ケパに現れ、
次に、十二人に現れたことである。コリント人への第一の手紙 15章 3節から5節
神の一人子キリストが、へり下りによって人となられました。そして、どこまでも父なる神様に従順で、律法を成就され、苦難と苦痛に満ちた十字架の死によって私たちの罪を贖って下さいました。私たちが受けるべき神の聖なる御怒りを、一身に引き受けて下さり陰府に下られました。その死は多くの人々確認された歴史的事実です。さらに大切なことは、キリストはその死から復活されたということです。
パウロが、最も大事なこととして伝えたかったのは、キリストの「死と復活」でした。それも聖書に書いてある通りに。人の罪を贖って亡くなっただけではなく、死そのものに勝利され、甦り、肉体を持って天に昇られました。今現在、天の父の右の座に着かれています。この「高挙」によって救いの御業の完全性が保証され、確実なものとされて、私たちに約束されています。やがて、イエス様が再びおいでになる時、この救いと御国が完成に至るということが、神様の愛のご計画であり、憐みに満ちたお約束です。
甦られた後の、キリストの栄光の御姿を指して「高挙」と言います。高くされた状態。私たちを救うために、どこまでもへり下り、御父に従順で謙遜であられた故、父なる神が御子に与えられた栄光ある「高挙」の状態について、ウェストミンスター大教理問答51問では「①復活、②昇天、③父の右の座に着いておられること、④世を裁くための再臨」という、キリストの四つの状態で説明しています。この高挙の四つの状態のうち、本日は「復活」について学びたいと思います。ウェストミンスター大教理問答52問にある、復活に関する回答は次のような内容です。
「キリストは、彼の復活において、次のようにして高く挙げられました。——すなわち、彼は、死において腐敗を見ず——彼が死に支配されたままでいることはありえませんでした——、また、彼が苦難を受けたまさにその体が、その本質的な特性は持ちつつ、この世の命に属する死滅性と他の共通の弱さとは持たずに、彼の魂に真に結合されて、ご自身の力により、三日目に死者の中からよみがえられました。――それによってキリストは、⑴ご自分が神の御子であること、⑵神の義を満たしたこと、⑶死と死の力を持つ者に勝利したこと、⑷生者と死者の主であること、を宣言されました。――これら全てをキリストは、公人、すなわち彼の教会の頭として、彼らの義認と、恵みによって生かすこと、敵に対抗する支援のため、また、終わりの日における死者の中からの復活を彼らに確約するためになさいました。」
ここでは、聖書が明かすイエス・キリストの復活の意義を説明しています。キリストが、十字架の死から三日目に復活されたことで、四つのことが宣言されました。その第一は、「キリストが神の子であること」です。この引証聖句がローマ1章4節「聖なる霊によれば、死人からの復活により、御力をもって神の御子と定められた。これがわたしたちの主イエス・キリストである。」です。神の子とは、神ご自身であるということ。神が造られた被造物ではなく、ただ一人永遠より神からお生まれになった方ということです。聖書では「一人子」と良く表現されますが、唯一の神の子という意味です。
クリスチャンが神の子と呼ばれるのは、聖霊により、真の神の子キリストにつなげられて、キリストを頭とした体の一部、キリストと一体となった教会の一員だからです。復活のキリストに、私たちの復活と永遠の命の希望が表されているのです。
復活における宣言の第二点以降は、次回、聞いてまいります。