信仰が成長する

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信仰が成長する

21 ここでイスラエルはアモリびとの王シホンに使者をつかわして言わせた、

22 「わたしにあなたの国を通らせてください。わたしたちは畑にもぶどう畑にも、はいりません。また井戸の水も飲みません。わたしたちはあなたの領地を通り過ぎるまで、ただ王の大路を通ります」。

23 しかし、シホンはイスラエルに自分の領地を通ることを許さなかった。そしてシホンは民をことごとく集め、荒野に出て、イスラエルを攻めようとし、ヤハズにきてイスラエルと戦った。

24 イスラエルは、やいばで彼を撃ちやぶり、アルノンからヤボクまで彼の地を占領し、アンモンびとの境に及んだ。ヤゼルはアンモンびとの境だからである。

25 こうしてイスラエルはこれらの町々をことごとく取った。そしてイスラエルはアモリびとのすべての町々に住み、ヘシボンとそれに附属するすべての村々にいた。

26 ヘシボンはアモリびとの王シホンの都であって、シホンはモアブの以前の王と戦って、彼の地をアルノンまで、ことごとくその手から奪い取ったのである。民数記 21章 21節から26節

<23 しかし、シホンはイスラエルに自分の領地を通ることを許さなかった。そしてシホンは民をことごとく集め、荒野に出て、イスラエルを攻めようとし、ヤハズにきてイスラエルと戦った。24 イスラエルは、やいばで彼を撃ちやぶり、アルノンからヤボクまで彼の地を占領し、アンモンびとの境に及んだ。>

 民数記21章23、24節の御言でございます。イスラエルの民は、かつて、カデシ・バルネアで主のご命令に背きました。カナンの地を与えると約束され、導いてこられた主に従わず、偵察隊が恐れをなして、その地を悪く言いふらし、人々を煽り、主に従って進むべし、と主張したヨシュアとカレブを石で撃ち殺そうとした、まことに不従順な行いでした。
この時、主の栄光があらわれ、モーセに対して、疫病で民を打ち滅ぼそう言われるほどの怒りを表されました。モーセの執り成しによって、主の赦しを得ることは出来ましたが、それでもヨシュアとカレブ以外の偵察隊は罰せられ疫病にかかります。さらに、偵察に行ったに数に合わせた、40年間の放浪を言い渡され、カナン入国まで、長い時間を荒野で過ごすことになってしまいました。そこから、主の導きの下、30数年の時を経て、あらためてカナンへ入国すべく歩み始めたところであります。
 そのイスラエルの民の前に、アモリびとの王シホンが立ちはだかることになります。ヨルダン川の東から、カナンを目指すにあたって、アモリ人シホンの領地は、その途中にありました。そこで彼の領地を通過するために、イスラエルはシホンに使者を送ります。21節からお読みします。
【21 ここでイスラエルはアモリびとの王シホンに使者をつかわして言わせた、22 「わたしにあなたの国を通らせてください。わたしたちは畑にもぶどう畑にも、はいりません。また井戸の水も飲みません。わたしたちはあなたの領地を通り過ぎるまで、ただ王の大路を通ります」。
23 しかし、シホンはイスラエルに自分の領地を通ることを許さなかった。そしてシホンは民をことごとく集め、荒野に出て、イスラエルを攻めようとし、ヤハズにきてイスラエルと戦った。】
 アモリ人の王、シホンはイスラエルの丁重な申し出を拒絶し、逆に兵士を集め、戦いを挑んできたのであります。シホンの強硬な態度は、一つにはイスラエルを甘く見ていた、油断していたと言うことがあるようです。先に、カデシで主から40年の荒野の放浪を言い渡されたイスラエルの民が、主が命じておられず、共にいて下さらないにもかかわらず、慌てて勝手に攻め上がって、返り討ちにあった相手が、アモリ人でした。さらに、主が王の心を頑なにされた、といわれています。カナン人の一民族でもあるアモリに対する、主のご計画。罪に満ちたカナンへの、神の民イスラエルを通して下される、裁きの始まりでありました。実際、イスラエルは、かつてその姿に恐れ、また実際に戦いでも敗れたアモリ人に対して、完全な勝利を収めることになりました。
 イスラエルは、まだまだつぶやきの民ではありましたが、荒野での主の訓練を40年近く受け続け、主に従う民として、その信仰が固くされてきていた、ということであります。それは、罪に満ちた地、偶像礼拝と不品行にあふれる異邦人の地に入っていき、神の民の国を建てるための準備が整いつつあったことを示しています。それが、シホンへの勝利でありました。24節~25節をお読みします。
【24 イスラエルは、やいばで彼を撃ちやぶり、アルノンからヤボクまで彼の地を占領し、アンモンびとの境に及んだ。ヤゼルはアンモンびとの境だからである。25 こうしてイスラエルはこれらの町々をことごとく取った。そしてイスラエルはアモリびとのすべての町々に住み、ヘシボンとそれに附属するすべての村々にいた。】
 この勝利で、イスラエルはシホンが支配していた領地を、占領することになりました。これは、エジプトを脱出して以来、イスラエルが初めて領土を得た出来事でもありました。この後の、33節以降では、シホンと同じアモリ人である、バシャンの王オグとの戦においても同様に、イスラエルは完全に勝利し、その領土を得ることになります。
 この二つの戦いは、イスラエルにとっても、当時の周辺の国々にとっても、非常に重大な出来事で、歴史でした。イスラエルにとっては、約束の地に向けて、大きな自信を得ることになりましたし、事実領土も得ました。周辺の国々にとっては、エジプトの奴隷だった、あの放浪の民が、豊かで強力なアモリ人の王達を打ち破った、という驚きと恐れをもたらすことになりました。二人の王、シホンとオグに対する勝利は、主のご計画とその御業を讃えるイスラエルの歴史的な事件として、エジプトからの脱出と併せて、この後何度も語られることになります。
 また、この出来事が周辺国家へどのように伝わっていたのかは、ヨシュア記を見てみたいと思います。
ヨシュア記2章8節後半から11節。
【8 ラハブは屋上にのぼって彼らの所にきた。9 そして彼らに言った、「主がこの地をあなたがたに賜わったこと、わたしたちがあなたがたをひじょうに恐れていること、そしてこの地の民がみなあなたがたの前に震えおののいていることをわたしは知っています。10 あなたがたがエジプトから出てこられた時、主があなたがたの前で紅海の水を干されたこと、およびあなたがたが、ヨルダンの向こう側にいたアモリびとのふたりの王シホンとオグにされたこと、すなわちふたりを、全滅されたことを、わたしたちは聞いたからです。11 わたしたちはそれを聞くと、心は消え、あなたがたのゆえに人々は全く勇気を失ってしまいました。あなたがたの神、主は上の天にも、下の地にも、神でいらせられるからです。】
 これは、エリコでの有名な遊女ラハブの信仰告白でもありますが、やはり紅海を渡る奇跡と併せて、シホンとオグへの勝利が述べられています。同じくヨシュア記の9章9~10節。313頁。
【9 彼らはヨシュアに言った、「しもべどもはあなたの神、主の名のゆえに、ひじょうに遠い国からまいりました。われわれは主の名声、および主がエジプトで行われたすべての事を聞き、10 また主がヨルダンの向こう側にいたアモリびとのふたりの王、すなわちヘシボンの王シホン、およびアシタロテにおったバシャンの王オグに行われたすべてのことを聞いたからです。】
 こちらは、カナン人の一部でもあった、ヒビびとが、イスラエルに対して服従を申し出たところです。それほどイスラエルの勝利の影響は、イスラエルを導かれる主への畏れとなって急速に伝えられていったと追うことになります。特に、ヒビ人はカナンの住民でしたが「非常に遠い国からまいりました」と、身分を偽ってイスラエルに接触してきました。つまり、イスラエルの神、主が彼らにカナンの地を約束されていると言う、ご計画もすでに知られていたことが分かります。ヒビ人は身分はばれてしまいますが、主への従順を示したことで、滅ぼされることなく、カナンで生活を続けることになります。
 さて、先にお読みした、アモリ人に対する領地を通過したい旨の申し出について、モーセはそれ以前に全く同じことをエドム人にも行っていました。これは民数記20章17~21節です。216頁。少し長いですが見てみましょう。
【17 どうぞ、わたしたちにあなたの国を通らせてください。わたしたちは畑もぶどう畑も通りません。また井戸の水も飲みません。ただ王の大路を通り、あなたの領地を過ぎるまでは右にも左にも曲りません』」。18 しかし、エドムはモーセに言った、「あなたはわたしの領地をとおってはなりません。さもないと、わたしはつるぎをもって出て、あなたに立ちむかうでしょう」。19 イスラエルの人々はエドムに言った、「わたしたちは大路を通ります。もしわたしたちとわたしたちの家畜とが、あなたの水を飲むことがあれば、その価を払います。わたしは徒歩で通るだけですから何事もないでしょう」。20 しかし、エドムは「あなたは通ることはなりません」と言って、多くの民と強い軍勢とを率い、出て、これに立ちむかってきた。21 このようにエドムはイスラエルに、その領地を通ることを拒んだので、イスラエルはエドムからほかに向かった。】
 ここでも、アモリ人シホンと同じように、エドムの王は、領地の通過を拒みました。そして軍勢を率いて向かってきています。しかし、イスラエルは戦わずに、エドム人の領地を迂回してモアブに向かい、モアブも迂回してアモリの領地へ入っていきます。そして、24節にあったように、アンモン人との境界線を侵すことなく、さらに北から向かってきたオグと対決する、という経緯になっています。
 アモリとエドム、モアブ、アンモンはどう違ったのでしょうか。モアブは22章から24章まで、モアブの王バラクと預言者バラムによる印象的な話があり、主の御業によって戦いは回避されます。アンモンは、アモリの東側に接していますので、カナンとは反対側になります。地図ではヨルダン川の東沿いに南から、エドム、モアブ、アモリと並び、アモリの東がアンモンです。特に、エドムとアモリが、同じようなやり取りの中で、微妙に違うのは、エドムは軍勢を揃えたが攻めてこなかったこと。イスラエルの通路自体を塞がなかったことなどが挙げられます。逆にアモリは、攻めてきたことと、主が示された通路に当たる、一本しかない経路に立ちふさがったことなどが挙げられます。
 しかし、もっと根本的な理由が申命記に記録されていますので、そちらをお読みいたします。
<申命記2:4-5>(エドム人)P246
【4 おまえはまた民に命じて言え、「あなたがたは、エサウの子孫、すなわちセイルに住んでいるあなたがたの兄弟の領内を通ろうとしている。彼らはあなたがたを恐れるであろう。それゆえ、あなたがたはみずから深く慎み、5 彼らと争ってはならない。彼らの地は、足の裏で踏むほどでも、あなたがたに与えないであろう。わたしがセイル山をエサウに与えて、領地とさせたからである。】
<申命記2:8b-9>(モアブ人)P247
【8 こうしてわれわれは、エサウの子孫でセイルに住んでいる兄弟を離れ、アラバの道を避け、エラテとエジオン・ゲベルを離れて進んだ。われわれは転じて、モアブの荒野の方に向かって進んだ。9 その時、主はわたしに言われた、『モアブを敵視してはならない。またそれと争い戦ってはならない。彼らの地は、領地としてあなたに与えない。ロトの子孫にアルを与えて、領地とさせたからである。】
<申命記2:17-19>(アンモン人)P247
【17 主はわたしに言われた、18 『おまえは、きょう、モアブの領地アルを通ろうとしている。19 アンモンの子孫に近づく時、おまえは彼らを敵視してはならない。また争ってはならない。わたしはアンモンの子孫の地を領地として、おまえに与えない。それをロトの子孫に領地として与えたからである。】
 以上で分かりますように、エドムはエサウの子孫、モアブとアンモンはロトの子孫で、それぞれに主がその領地を与えておられた、ということです。確かに、イスラエルは主の民として救われ、主が共におられましたが、主はイスラエルだけの神ではなかったと言うことであります。イスラエルは天地の造り主、生けるまことの神の民として、その保護のもとで、教えを守り、伝える存在として。またその先に全ての国民の救い主を遣わして下さるご計画のもとに召された民でありました。イスラエル中心に見てしまうのでつい忘れがちですが、主はすべての国、全地を治められる主であったということが、示されています。主を忘れ、背く人々にとっても神はお一人であり、その罪を忍耐されていたのであります。
 この主によって、奴隷の地から開放された放浪の民、国を持たず、恵みに対してつぶやきで答える弱き民は、40年の荒野での試練と訓練、罰と憐れみによって、少しずつではありますが、その信仰が固められ、成長させられて、約束の地を目前に控えることになりました。
 ここに記されたイスラエルの姿は、まさにキリストの教会の姿であり、天の御国を目指す私たちキリスト者の姿でもあります。私たちもまた、この世の歩みにおいて、様々な試練や誘惑をうけ、つまづき、つぶやくのですが、それでも主は離れることなく、共にいて私たちを成長させてくださいます。さらに、私たちとイスラエルの民との最も大きな違いは、すでにイエス・キリストが与えられ、全ての罪を贖いずみでることです。ですから、裁きに合うことがありません。
<ヘブル人12:7、10-11>(愛の訓練) 新約357頁
【7あなたがたは訓練として耐え忍びなさい。神はあなたがたを、子として取り扱っておられるのである。いったい、父に訓練されない子があるだろうか。・・10肉親の父は、しばらくの間、自分の考えに従って訓練を与えるが、たましいの父は、わたしたちの益のため、そのきよさにあずからせるために、そうされるのである。11すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、平安な義の実を結ばせるようになる。】
 この訓練と、成長はイエス・キリストに繋がることで確実なものとされています。
<コロサイ2:19>(キリストにあって)新約316頁では、
【19キリストなるかしらに、しっかりと着くことをしない。このかしらから出て、からだ全体は、節と節、筋と筋とによって強められ結び合わされ、神に育てられて成長していくのである。】
 イエス様に結び付られることで、神が育てて下さる。この御霊のお働きに感謝し、一層の導きをお祈りします。

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